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掛川市には市民の誇りである歴史的人物や史跡など数多くの史実があります。 「西郷局」は、徳川家康の側室で、2代将軍徳川秀忠の生母であり生誕地は上西郷構江、38歳で駿府で没し、菩提寺は宝台院(静岡市葵区)です。 2代将軍の生母でありますが、全国的な知名度は低い状況でありますので、徳川家康没400年に併せて、「西郷局」を広く全国に発信したいと思います。 また、最近某新聞の夕刊に江戸時代の横須賀藩の人物によって書かれた「百姓伝記」についての記述がありました。 この本が遠州、三河地方で読まれた結果、農作物の収穫が飛躍的に増加した。とのことでした。 著者は不明で、1673年~1680年頃に編纂され、道徳、土壌、家屋、農具、肥料、治水、稲麦雑穀、食生活など15巻に及ぶとありました。 この著書が掛川市にとって貴重であると同時に、この「百姓伝記」を解読することができる農民がいたことに更なる驚きと歓びを感じました。 そしてもう一つ、「教養」という言葉が江戸時代に始めて掛川から「教養館」という藩校名で発信されたとのことでした。 掛川藩校では藩臣の子弟のほか農家や商家の子弟も文学や武芸を学んだといわれ、御用商人である松ヶ岡の山崎家が財政援助をしたといわれています。 掛川市の誇るべき価値ある歴史文化について、もっと多くの人たちに知ってもらい今まで以上に学びの機会を広げるなど、文化の香り高いまちとなるよう努めてまいります。 |