2025年11月17日(月) 

 

>産経新聞   >世界では珍しくないペルソナ・ノン・グラータ 米国はスパイ疑惑でロシア外交官らに発動   >5時間・   
>中国の薛剣(せつ・けん)駐大阪総領事によるX(旧ツイッター)への投稿を機に薛氏を「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」とするかどうかが論争の的となっているが、世界では珍しくない。   
>近年は米国がスパイ疑惑でロシア外交官らを指定した事例などがある。   
>第1次トランプ米政権は2018年3月、米国に駐在する露外交官60人をペルソナ・ノン・グラータに指定し、国外退去処分とする制裁措置を発表した。   
>米メディアによれば、露外交官らにはスパイ疑惑があった。   
>ロシアは当時、報復措置として露国内の米国外交官60人を指定した。   
>同年3月には、英南部ソールズベリーで露連邦軍参謀本部情報総局(GRU)のスクリパリ元大佐らが神経剤ノビチョクで襲撃され、20カ国以上が露外交官150人超を国外に追放した。   
>米国では16年12月、同年の大統領選にロシアが介入した疑いがあるとして、米国内の露外交官35人をペルソナ・ノン・グラータに指定した事例もある。   
>また、ルビオ国務長官は今年3月、X(旧ツイッター)に南アフリカの駐米大使について「米国とトランプ大統領を嫌悪する政治家だ」と投稿。   
>同大使がトランプ氏の政策方針「MAGA(米国を再び偉大に)」を批判したとして、国外退去処分とする方針を示した。    
>トランプ氏は2月、南アで白人に対する迫害が起きていると主張し、南アへの資金援助を凍結する大統領令に署名。    
>両国関係は冷え込んだ。   
>5月中旬には、インドとパキスタンの双方が相手国の外交官をペルソナ・ノン・グラータに指定した。   
>両国は5月上旬に軍事衝突し、停戦に合意したばかりだったが、インド政府がパキスタンの外交官がスパイ活動を行っていると非難。    
>パキスタン側もインドの国外追放措置に対抗した。    
>(岡田美月)   

日本人は薛剣(せつ・けん)駐大阪総領事をどうするつもりですかね。   
日本人は知的判断が鈍いことが昔から外国に知れ渡っていますからね。   
日本人には意思がない。意思を持たない人たちの意図の表し方はまるで他人事である。

フランク・ギブニー (Frank Gibney) 氏の著書 <人は城、人は石垣> には、日本人の意思決定に関して次のようなことが書かれています。
ペリー提督は、日本人はアメリカ人のように敏速に行動しないと注意された。それは、このように説明された。数人の日本人が黒船を訪れたいと思って集まったとする。一人が「いい日だな」という。これに二人目が「なんという気持ちのいい日だ」と調子を合わせる。三人目が「波も見えないぞ」という。最後に四人目が「船に行ってみようじゃないか」と提案する。  ニューヨーク・デイリー・ニューズ (1854年6月13日) (引用終り)    
意思を持たない人たちの意図の表し方はまるで他人事である。
フランク・ギブニー (Frank Gibney) 氏の著書 <人は城、人は石垣> には、日本人の意思決定に関して次のようなことが書かれています。
ペリー提督は、日本人はアメリカ人のように敏速に行動しないと注意された。それは、このように説明された。数人の日本人が黒船を訪れたいと思って集まったとする。一人が「いい日だな」という。これに二人目が「なんという気持ちのいい日だ」と調子を合わせる。三人目が「波も見えないぞ」という。最後に四人目が「船に行ってみようじゃないか」と提案する。  ニューヨーク・デイリー・ニューズ (1854年6月13日) (引用終り)    

日本人は無為無策でいて、’ならぬ堪忍、するが堪忍’ とうそぶくのかな。これを暢気というのかな。     

日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人]        
英米流の高等教育機関において自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひ実行すべき知性の保証です。   
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   
何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)

 

 


閲覧数36 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2025/11/17 06:36
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