2025年11月17日(月) 

 


>TBS NEWS   >石破前総理「保守はイデオロギーではない。保守の本質は寛容」いま振り返る在任1年と現政権の動き【インタビュー後編】   >TBS NEWS DIG_Microsoftによるストーリー・   >22時間・   
>昨年10月からおよそ1年間、内閣総理大臣を務めた石破茂氏の退任から1ヶ月。   
>物価高対策、選択的夫婦別姓、戦後80年談話など在任中の取り組みと残された課題、そして退任後に急浮上した「議員定数削減」の議論や高市総理の「台湾有事」をめぐる発言など、石破前総理に在任1年と現政権の動きついて聞きました。>(全2回の後編:石破氏「選択的夫婦別姓は『絶対ダメ』と言う人がいた。   
>話がそこから先に進まない」いま振り返る在任1年と現政権の動きから続く)    
>聞き手:荻上チキ(評論家・ラジオパーソナリティー)、南部広美(フリーランスアナウンサー)、澤田大樹(TBSラジオ国会担当記者)    
>(TBSラジオ『荻上チキ・Session』2025年11月13日放送「石破茂前総理がスタジオ生出演 政治とカネ、戦後80年所感…在任1年を問う」より)   

(略)

>「保守はイデオロギーではない。保守の本質は寛容」    
>――参院選中に社会に排外主義的な主張が広がったことについて、どう感じていますか?(リスナーからの質問)    
>排外主義になっていくということは、寛容性が失われているということだと思います。    
>「対立と分断」よりも「協調と寛容」って、選挙のスローガンみたいだけど、世界中「対立と分断」になってしまっている。    
>保守の本質は寛容だと思っているんですよ。    
>他者の意見に謙虚に耳を傾けないと、それを保守とは言わない。   
>保守ってイデオロギーじゃないんで。    
>保守って一種の感覚だからね。   

日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え・哲学) がない。だから、日本人は現実肯定主義にならざるをえませんね。   
他者の意見は現実を改革するもの。その内容は非現実である。非現実の内容は日本文にならず、真っ赤なウソになる。これに保守の日本人は謙虚に耳を傾けないといけない。これは単なる儀式に違いない。これでは議論にならない。   

>自分と違う他者や他国を排除して優越感に浸る社会に、寛容性も発展性もないのではないでしょうか。    

日本人には世界観がない。だから他者との世界観比べができない。議論にならない。
日本語文法には階称 (hierarchy: 言葉遣い) がある。だから日本人には向上心がある。ただのうぬぼれだけがある。これは国粋主義 (ultranationalism) の基になる。      

>私はそういうのは全く受け入れられません。   

日本語の文法には階称 (言葉遣い: hierarchy) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。だから難関出身者たちが日本社会で幅を利かせている。わが国が学歴社会であるというのも、実は序列社会の言い換えに過ぎない。だから、わが国の学歴社会は学問の発展には何ら貢献していないことを知っている必要がある。人間としての順位の比較は没個性的でなくてはならない。受験戦争は他人の受け売りを使った戦になっている。だから、我が国の序列競争の激しさは個性の育成の足かせになり、自己実現の妨げになっている。     

日本人の礼儀作法も、序列作法に基づいている。だから、序列社会の外に出たら序列なきところに礼儀なしになる。礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。'人を見損なってはいけない' という想いが強迫観念の域に達していて、人々は堅苦しい日常生活を送っている。ため口を禁じられているので、相手と対等な立場でものをいう事ができない。人間が真に平等であるという実感を体験したことがない。こうした観念は天皇制・家元制度・やくざの一家の構造にまでつながっている。   

日本人は序列の存在を知れば、それが一も二も無く貴いものであると信ずる共通の序列メンタリティを有している。その程度は序列信仰の域に達している。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の単なる表現に過ぎないため、個人的精神的には意味がない。下々の衆は上々の衆の祟り (仕返し) を恐れて神妙にしている。上々が無哲学・能天気である事については、下々にとって何ら気になることではない。だから、日本人の尊敬と序列作法には浅薄さが付きまとう。  

日本人の政治家にも、政治哲学がない人が多い。だから、我々の未来社会の有様を相手に言って聞かせる術がない。それは非現実 (考え) の内容を盛り込むための構文が日本語に存在しないからである。序列人間は人間の序列を作っていて、上位の者 (先輩) と下位の者 (後輩) の間に自分を差し挟むことにより自分たちの存在をウチソト意識として確認し合っている。だから、自己の所属する序列に並々ならぬ帰属意識を持っていて義理 (序列関係から生じる個人的な義務) を果たすことに懸命になる。そして、かたい契りの義兄弟になる者もいる。無哲学と序列メンタリティの相乗作用により派閥政治は無くならない。周囲の序列仲間が自分たちの序列に対する貢献度を評価する。これにより自己の順位は上昇する可能性がある。個性に焦点を絞ることのない人間比較の叙勲は国体 (序列国家) に関する国民の意識を高めている。   

>――戦後80年の所感は、談話にすることは難しかったのでしょうか?   
>戦後50年の村山談話、60年の小泉談話、70年の安倍談話は、それぞれ閣議決定を経ています。   
>今回はかなり早い時点から「もういらない」「70年談話で済んでいる」「これ以上何を上書きするんだ」という意見がありました。   
>出すこと自体がけしからん、と。    
>談話にすると閣議決定が必要で、全ての閣僚と与党の了解がいる。   
>そうなると、各段階で「これはダメだ」「あれはダメだ」という話になるだろうと。    
>形式とか時期ではなくて、中身なんだろうなと私は思いました。    
>「なんで閣議決定を経なかった」ということになるんだけれど、参院選もあり、その後の政治の流れを見ていくと、そのことに議論が収斂していくのはあまり生産的ではないと思ったので、所感という形にしました。   

リーズナブルですね。   

(略)

 

 


閲覧数30 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2025/11/17 06:47
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