2026年05月31日(日) 

 

>東京新聞   ><社説> 辺野古沖転覆 教育現場の萎縮を憂う   >20時間・   

>〈社説〉辺野古沖転覆 教育現場の萎縮を憂う    

> 沖縄県名護市辺野古沖で研修中の同志社国際高校(京都府)の生徒を乗せた船が転覆、生徒ら2人が亡くなった事故を巡り、文部科学省が学校の政治的活動を禁じる教育基本法14条2項に違反すると認定した調査結果を公表した。    

> 政治的中立性を巡り同法違反が認定されるのは極めて異例だ。    

> 生徒が亡くなる危険性があった研修を実施した学校側に重い責任があるのは言うまでもない。    

>特に管理体制が「著しく不適切」と指摘されたのは当然であり、速やかに改善すべきである。    

 

そうですね。学校側の責任者は速やかに改善策を示すべきですね。    

 

> だからといって、文科省が研修内容にまで踏み込み、政治的中立を侵し、同法違反と一方的に断定するのは行き過ぎではないか。    

>安全管理と教育内容は切り分けて考えなければならない。    

 

そうですね。安全管理の責任を徹底して追及すべきですね。      

 

> 文科省は学校側が、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の代替施設建設工事に抗議する船に生徒が乗ることを認識していたとして問題視するが、14条2項が禁じているのは「特定の政党を支持したり反対するための政治教育」だ。    

> 辺野古での代替施設建設を推進する高市早苗政権は抗議活動に使われる船を用いた研修を「特定の政党を支持する」と決め付けたいのだろう。    

>しかし、多くの県民が反対の声を上げてきた代替施設建設について学ぶことを同法違反と断ずるのは強引に過ぎる。    

 

そうですね。   

 

> 同法は14条1項で「良識ある公民として必要な政治的教養は教育上尊重されなければならない」とも定める。    

>平和や政治を学ぶことは1条の教育の目的「平和で民主的な国家及び社会の形成者」の育成に不可欠とも言えるだろう。    

> 通常は所管する都道府県が行う「現地調査」を文科省が実施し、松本洋平文科相が改善指導を通知したことにも疑問が募る。    

 

そうですね。現地調査で安全管理と教育内容が結びついたのですかね。    

 

>国の政策に反対する市民活動を封殺しようという意図が背景にあるのなら看過できない。    

> そもそも政治権力自体が中立ではあり得ない。    

>どの立場に立つかで、中立か否かの判断は変わり得る。    

>だからこそ政府は、政治的中立を巡る判断には慎重であるべきではなかったか。    

 

そうですね。   

 

> 辺野古沖での研修活動に学校側の配慮が欠けていたとの批判は免れない。    

 

問題は学校側の責任者の責任観念なさですね。    

 

>ただ、国が個別の教育内容にまで踏み込んで改善を求めたことは、平和について考え、学ばせようと日々奮闘する教育現場を萎縮させかねないと憂慮する。    

 

そうですね。当事者の責任観念のなさは問題になりませんね。ただ萎縮させるか、させないかの問題に移りますね。         

 

[兎角この世は無責任・日本人のだらしなさ]

日本人には意思がない。日本語に責任という言葉はあっても、これは意思がない責任である。だが、意思のある所に方法がある。Where there’s a will, there’s a way.  

つまり、意思のない所には自己の考える方法がなく、ただ指示された内容の遂行だけが義務としてある。これは牛馬の苦役と同じである。だから日本人の責任には魅力がない。    

日本人には西洋人に匹敵する責任観念がない。それで魅力のない責任は丸投げされている。どこに丸投げされたのかもはっきりしないことが多い。だから責任者探しに苦労する。この国がひっくり返った時にも責任者は出なかった。   

 

日本人には意思のある人間としての責任がない。だから昔から責任者を名指しすることが難しかった。一旦事が起これば、責任者捜しのために騒ぎが起こる。日本残酷物語の様な騒ぎになることもある。

肥田喜左衛門の著した <下田の歴史と史跡> には、責任に関する下のような事柄が記されています。

徳川5代将軍の治世、佐土原藩の御手船・日向丸は、江戸城西本丸の普請用として献上の栂 (つが) 材を積んで江戸に向かった。遠州灘で台風のため遭難、家臣の宰領達は自ら責を負って船と船員達を助けようと決意し、やむをえず御用材を海に投げ捨て、危うく船は転覆を免れ、下田港に漂着した。島津家の宰領河越太兵衛、河越久兵衛、成田小左衛は荷打ちの責を負い切腹する。これを知って船頭の権三郎も追腹を切り、ついで乗員の一同も、生きて帰るわけにはいかないと全員腹をかき切って果てた。この中には僅か15歳の見習い乗子も加わっている。鮮血に染まった真紅の遺体がつぎつぎに陸揚げされたときは、町の人々も顔色を失ったという。16人の遺体は、下田奉行所によって大安寺裏山で火葬され、同寺に手厚く葬られた。遺族の人たちにはこの切腹に免じて咎めはなかったが、切腹した乗組員の死後の帰葬は許されなかった。(引用終り)  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数18 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/05/31 05:33
公開範囲外部公開
コメント(0)
  • 次項有コメントを送信
    閉じる
    名前 E-Mail
    URL:
■プロフィール
シンちゃんさん
[一言]
明るい未来社会を築こう
■最近のアルバム
■最近のファイル
■RSSフィード
RSS 1.0 RSS 2.0 Atom 1.0
■このアルバムのURL
https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864810