2026年08月09日(日) 

 

>現代ビジネス   >「日本への原爆投下は正当であった」アメリカ人学生の意見に日本人精神科医が返した言葉   >内田舞 (医師・小児神経科医) の意見   >10時間・   

>原爆で何が起きたか、多くの人は実態を知らない  

>194589日、『わたくし96#戦争反対』の著者である森田富美子さんは、両親と3人の弟を長崎に投下された原爆で失った。 

>人々で賑わっていた長崎の街は、たったひとつの爆弾で焼け野原となった。  

>爆心地近くの自宅に向かう途中で、皮膚焼けズリ落ち引きずって歩くとすれ違いながらも、あまりの惨状に恐怖の感情が一時的に麻痺してしまったのか、驚きもしなかったと話してくれた。  

>戦後81年経ち、森田富美子さんのように戦争を知り、その恐ろしさ、不毛さを語る人がとても少なくなってしまった。  

>それと平行するように世界中で争いが増加し、核使用を容認する声が唯一の被爆国である日本でも高まりつつある。  

>「だからこそ、過去の原爆に関して世の中にもっと伝えなくてはならない」と語るのは、『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』『小児精神科医で3児の母が伝える 子育てで悩んだときに親が大切にしたいこと』などの著書があるハーバード大学医学部准教授で小児精神科医の内田舞さんだ。  

>「幾度となく核使用を匂わすトランプ政権をはじめとして、世界では核で起こる悲劇は表面的な部分しか伝わっていないと感じます。  

>特に、アメリカに住んでいると日本への原爆投下への意識に大きな違いがあります。  

>広島・長崎の原爆投下に関して、投下したという事実以外、そこで暮らしていた人々の存在や苦しみに関して、ほとんど語られることがないのです」  

>内田さんの祖父は広島出身で、今も多くの親類が広島で暮らし、内田さんは幼い頃から祖父や親戚から、原爆の体験について伝え聞いて育ってきたという。  

>前編『「アメリカで原爆についてきのこ雲の下の人々はほとんど語られない」日本人精神科医が伝えたいこと』続き、後編では内田さんがアメリカの学生たちと原爆や第二次世界大戦について対話したエピソードについて伝える。  

>アメリカの学生との対話で感じた想い  

>10年前、アメリカ人の学生と広島に関して対話する機会がありました。  

>その学生は日本語を学び、日本を訪れたときに広島の原爆記念館を訪ねたそうです。  

>同じように展示をみていた日本人が「こんなことをしたアメリカ人を絶対に許すことはできない」と言っていたのを聞き、「反感を覚えた」と話しました。  

>「アメリカがあのタイミングで原爆を投下し、どれだけ破壊力がある爆弾であるかを世界中に知らしめたことで、冷戦中の核兵器使用を防ぐことができた。

>原爆投下で“世界の滅亡”を避けられたじゃないか。  

>大体、日本は被害者なのか。ユダヤ人大虐殺をしたドイツと連盟を組んで、他のアジア諸国にもひどいことをしたじゃないか。  

>それなのに第二次世界大戦の話をすると、日本人は原爆投下の被害の話ばかりを語る。  

>それっておかしくない?    

>そもそも戦争中はいろんな国がめちゃくちゃひどいことをしたわけだから、日本が、日本が、って核兵器についてばかり主張するのはおかしいと思う」  

 

そうですね。日本人には罪の意識がない。被害者意識があって、加害者意識がない。それがおかしい。だから、被害者意識が余計に増大する。それがおかしい。      

 

米大統領トルーマンは、極め付きの反日、侮日主義者で、原爆投下については、「獣を扱うには、獣にふさわしい方法でやった」と、日本人を獣扱いしていたと言われています。 

‘あいつ [J. ロバート オッペンハイマー] の手が血塗られているだって? 冗談じゃない。あいつには私の手についている血の半分もついていないさ。泣き言を言うなんて、けしからん。 (ハリー・トルーマン大統領)     

オッペンハイマーは原爆の父であり、トルーマンは原爆投下の張本人である。彼らには加害者意識があり、罪の意識もある。彼らのお陰で多くの日本人が一億総玉砕を免れた。  

 

>その場にいた日本人は私ひとり。  

>めちゃくちゃ孤独な状況でしたが、私は勇気を出してこう発言しました。  

>「確かに、日本が他国にしたひどいことに関してはもっと語られなければならない。  

>戦時中、日本国政府が日本国民に発したメッセージの問題に対しても、学ばなければいけないことはたくさんある。  

>日本国政府が当時、国際政治の中でよくない判断を下したことも間違いない」  

>そして、さらに続けました。  

>「でも……、それでも私は、日本から原爆投下を『Never Again(二度と繰り返さない)』というメッセージを発し続けなければならないと思う。  

>誰かの責任だと言うことは簡単だけど、それだけが注目されるべき問題ではない。  

>日本に原爆が投下されたのは『冷戦での使用を防ぐための投下』というような、核戦争や核兵器についての議論を『理論的には』と、実体験から隔離した机上の空論のように語るのは良くないことだと思う。  

>実際、原爆投下後の広島や長崎でどれだけの方が、どのように亡くなったのか……   

>熱波で瞬間的に消えてしまった命、爆風にとばされた人、ガラスのかけらが体中に刺さった人、皮膚がとけ落ちてしまった人、ひどい火傷で川に飛び込んで亡くなった人、白血病で血を吐きながら亡くなった人、親を亡くした子どもたち…… 

>実際にはもっともっとさまざまな生き様がそこにあり、その人々のストーリーなしには核兵器は語られるべきではない。  

>それが『Never Again』に繋がると思う」  

 

日本人には意思がない。意思のない人間には加害者意識がない。罪の意識もない。大人が特有の悪びれた顔つきにならない。大型の子供の様に天真爛漫としている。   

心にやましいところがない人は、被害者意識だけが増大する。声が増大してとどまるところを知らない。正義の権現・平和の権現になる。これで戦争の反省ができるのか。原因究明ができるのか。空念仏の軽薄そのものではないか。       

 

>さらに、そのディスカッションの中で、「9.11とカミカゼ特攻隊を比べるのを嫌がる日本人がいるのもおかしい」という発言もありました。  

>そのことに関しても、私は自分の意見を伝えました。  

>「航空機で突進する、という部分に、9.11のテロリストとカミカゼ特攻隊の類似点を感じるのはわかる。  

>そして、戦争中ではないときに、一般市民を無差別殺人した9.11のテロリストと特攻隊の加害は違う、と言う人がいるのもわかる。  

>でも何よりも、『カミカゼ』という言葉でしか特攻隊を知らないでイメージするものと、実際に存在した特攻隊の人のストーリーを通して抱くイメージは全く違うものだと思うよ」  

 

考えは個人個人で違いますからね。   

 

>それぞれの立場で感じ方は違う  

>両親が以前、鹿児島県の「特攻の町」である知覧を訪れたときに買ってきてくれた特攻隊について書かれた本がとても印象的で、私はアメリカに引っ越す際にも持ってきていました。  

>私は学生にその本を見せ、そこに掲載されている、出撃する前に親や好きな子宛に書いた特攻隊員の手紙を訳して伝えました。  

>「今さらだけど読みたい本」の題名を綴った手紙、特攻への恐怖を綴った手紙、好きな子への想いを綴った手紙……  

>写真を見るとまだあどけない10代の思春期であろう特攻隊員もいたことを伝えました。  

 

わが国では子供を戦争に使いますね。子供の戦争を禁止しない。白虎隊のようなものか。わが国では、子供は小型の大人と考えらえていますからね。   

 

>私の発言を聞いていたアメリカ人の友人たちは、「単なる敵国のクレイジーな戦略だとしか教わってこなかったけど、こんなに若い子たちがいたなんて知らなかった……  

>こんな子どもの兵士が、心の中では怖いと思いながら飛んでいたなんて考えたこともなかった……  

 

不道徳で腐敗した国家のやることですね。   

 

>「舞が話してくれなかったら一生知らなかったと思う」とさまざまな感想を伝えてくれました。  

()

>以前、第二次世界大戦末期の硫黄島での日米の戦いを、日本兵の視点で描いたクリント・イーストウッド監督の映画『硫黄島からの手紙』を見たアメリカ人が、「敵国の日本人にも家族や彼女がいたりして、それぞれの思いで戦争を生き抜いたことを初めて知った」と答えている印象的なインタビューを見たことがあります。  

>それまでアメリカで観た戦争映画では、敵国の軍人たちはただ敵として描かれるだけで、それぞれの暮らしぶりや顔が思い浮かぶことがなく、彼らの人生や物語について考えるきっかけがなかったのだと。  

>しかし「世界のさまざまな人の経験を描く」ことは、自国中心の歴史観の裏に隠れていた、いくつもの生きた声に触れることを可能にしてくれる。  

>そのなかで単純な敵・味方にとどまらない歴史観が育まれるのだと思います。  

>アメリカやヨーロッパで核兵器に関して議論される際、私は日本人として、どうしても違和感を感じることが少なくありません。  

>それは、核の抑止力のような核兵器にまつわる理論や核兵器保持の必要性を正当化する政治的な背景ばかりが議論され、実際核兵器が使用された後の人々の苦しみの悲惨さが語られないからです。  

 

すべての人が被ばくの体験者になることはできませんね。被ばく以前に理解すべきことがある。      

 

>こう感じるのは、私が日本で受けた教育や、『はだしのゲン』などの漫画や、井伏鱒二の『黒い雨』などの小説、そして広島出身の祖父や親戚の実体験から、実際に核に翻弄された人々の人生を知る機会に恵まれたからでしょう。  

>日本から世界に伝えなければならないストーリーが広く語られることを祈っています。  

 

祈るのはそれほど難しくはありませんね。   

 

>『ソーシャル ジャスティス小児精神科医、社会を診る 』より  

>私はこうやって、海外在住の日本人である私の経験を共有する機会をいただけて、とても光栄です。  

>そして、これからも日本の人間としてのストーリーを世界の中で語っていきたいと思っています。  

 

日本人には罪がない。謝罪・贖罪のない世界の話を外国人は真剣に受け入れることができるであろうか。   

 

>未だに、ロシアとウクライナの戦いは続き、イスラエルとガザも停戦には至っていません。  

>独裁的な指導者や今回のような核を交渉のカードにする政治を進める動きも出てきています。  

>だからこそ、私たちが「Never Again(二度と繰り返さない)」のメッセージを世界に広めていくことは、世界唯一の被爆国の日本だからこそできる、とても重要な平和へのアクションだと思うのです。  

 

戦争の原因究明を開始させることが必要ですね。単語の暗記力だけでは始まりませんね。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数33 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/08/09 02:48
公開範囲外部公開
コメント(0)
  • 次項有コメントを送信
    閉じる
    名前 E-Mail
    URL:
■プロフィール
シンちゃんさん
[一言]
明るい未来社会を築こう
■最近のアルバム
■最近のファイル
■RSSフィード
RSS 1.0 RSS 2.0 Atom 1.0
■このアルバムのURL
https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865369