戦艦「武蔵」 |
>乗りものニュース >戦艦「大和」ばかりが有名に! 日本海軍が建造した「もう一艭の最強戦艦」とは今年で竣工から84年 >乗りものニュース編集部の意見 >・6時間・ >戦艦「大和」より長く連合艦隊の旗艦を務める > 日本海軍が最後に建造した戦艦である「武蔵」が、84年前の1942(昭和17)年8月5日に竣工しました。 >同艦は世界最大の主砲口径と排水量を持つ大和型戦艦の2番艦です。 >「大和」より知名度は劣りますが、日本が建造した戦艦の集大成となり、重要な役割を果たしました。 > 1921(大正10)年にワシントン海軍軍縮条約が締結されてから、日本海軍はしばらく戦艦を建造できなくなりました。 >軍縮条約からの脱退を機に、海軍は再び戦艦を計画します。 >戦艦「陸奥」以来、20年ぶりに建造されたのが大和型戦艦で、「武蔵」は「大和」につづく2隻目の新型戦艦として計画されました。 > 大和型戦艦は基準排水量6万4000トン、全長263m、幅38.9m。主砲口径と排水量だけでなく、装甲の厚さも戦艦として世界一を誇りました。 > 建造は三菱重工の長崎造船所が担当しています。 >この時の機密保持は徹底しており、船台は漁網などに用いる棕櫚(しゅろ)縄ですだれ状に隠され、造船所が良く見える「グラバー園」も情報秘匿の観点から買収されたといいます。 > また、搭載する46cm主砲は呉海軍工廠(広島県呉市)のみで製造が可能だったため、これを長崎まで運搬するためだけに給兵艦「樫野」が建造されています。 >「武蔵」は、「大和」より司令室が広く確保され、旗艦としての機能強化が図られるなど、「大和」から設計変更された点もあります。 >日本戦艦の集大成としてふさわしい艦に仕上がっていました。 > 太平洋戦争の開戦からしばらく経った1942年8月5日に就役すると、「武蔵」は日本海軍の拠点となっていたトラック諸島(現在のミクロネシア・チューク諸島)に向かい、「大和」に代わって連合艦隊の旗艦となります。 >ただ、旗艦機能が置かれたことで、最前線へ積極的に投入しにくい存在となりました。 >「大和」と「武蔵」は共にトラック諸島で待機する状態が続き、他艦の兵士は、大和型の艦内装備の充実ぶりと、最前線に出ないことを揶揄して「ヤマトホテル」「武蔵屋旅館」と呼んだと言われています。 > ガダルカナル島周辺で激しい戦いが続く中でも、戦艦として世界最強の実力を持つ大和型2隻は温存されました。 >この時期は日米の戦力が拮抗していましたが、「艦隊決戦」に固執した日本海軍の運用思想や制度的な縛りから大和型戦艦は戦局に寄与できませんでした。
<日本はなぜ敗れるのか・敗因21か条> を著した山本七平の指摘する事例からも、大和民族自滅の過程は見て取れます。その一例を以下に掲げます。 私が戦った相手、アメリカ軍は、常に方法を変えてきた。あの手がだめならこれ、この手がだめならあれ、と。 、、、、、あれが日本軍なら、五十万をおくってだめなら百万を送り、百万を送ってだめなら二百万をおくる。そして極限まで来て自滅するとき「やるだけのことはやった、思い残すことはない」と言うのであろう。 、、、、、 これらの言葉の中には「あらゆる方法を探求し、可能な方法論のすべてを試みた」という意味はない。ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するため投じつづけた量と、それを投ずるために払った犠牲に自己満足し、それで力を出しきったとして自己を正当化しているということだけであろう。(引用終り)
>戦艦として最強の攻防能力を誇るも航空機の台頭には抗えず > 日本海軍が前述したような方針をとったため、ガダルカナル島をめぐる戦いには、最も旧式の金剛型戦艦が投入されています。 >いっぽうアメリカ海軍は「サウスダコタ」や「ワシントン」などの最新の戦艦を最前線に投入し、ガダルカナル島をめぐる戦いの分水嶺となった第三次ソロモン海戦に勝利しました。 > なお、「武蔵」は「大和」より長い期間、連合艦隊の旗艦を務めたほか、ブーゲンビル島上空でアメリカ軍機に撃墜されて戦死した山本五十六 連合艦隊司令長官(当時)の遺骨を日本本土に運ぶ役目も果たしています。 >「武蔵」が本格的な実戦に参加したのは、1944(昭和19)年6月のマリアナ沖海戦です。 >連合艦隊の旗艦機能も軽巡洋艦「大淀」や陸上に移ったため、ついに「武蔵」も最前線に投入されることになったのです。 > ただ、ガダルカナル戦の頃と違ってアメリカとの戦力差は格段に開きつつあったほか、既に戦いの主役となった航空機の脅威も更に増し、「武蔵」が戦局に貢献できるような舞台は既にありませんでした。 >戦いに臨むにあたって、副砲を撤去して対空機銃を増設するなど、戦訓を踏まえた改装が施されています。 > マリアナ沖海戦でも「武蔵」は、目立った戦果を挙げることなく終わっています。 >そして最後の戦いとなったのが、同年10月に起きたレイテ沖海戦(捷一号作戦)です。 >栗田健男中将が率いる主力部隊に配属され、「大和」「長門」「金剛」「榛名」など主力戦艦と共に、フィリピンのレイテ島へ上陸しようとするアメリカ軍の迎撃へ向かいます。 > しかし、途上のシブヤン海でアメリカ海軍艦載機から6回にわたる猛攻撃を受け、ついに沈没。 >竣工からわずか2年3か月で、その短い生涯を閉じることになりました。 > ただ航空攻撃が「武蔵」に集中し、被害を一手に引き受ける形となったため、主力部隊は壊滅を免れることができました。 >「武蔵」がこの時受けた被害は魚雷20本、爆弾17発と推定されており、軍艦としては史上最多と言われます。 > 2015年、マイクロソフト社の共同創業者であるポール・アレン氏が海底に沈む「武蔵」を発見。 >同年10月には、「武蔵」に艦内神社を分祀した氷川神社(さいたま市大宮区)の境内に「戦艦武蔵の碑」が建立されています。
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 英米流の高等教育機関において自己独自の見解を明らかにすれば、その独創性が認められると学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき知性の証です。
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
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