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2016年05月08日(日) 
今日テレビでお墓の問題を取り上げておりました。いつもは何気なしに見ている
お墓やお寺の映像が、何か私たちに訴えているようで、特に東京の八王子は
主人の父母が都営霊園に祀られていることもあって、録画までしてしまいました。というのは昨日も私の元職場の同僚である方のご主人が前日まで元気に過ごしていたのに急に翌日に亡くなっていたという、訃報を私の友人からお聞きいたしまして、そのご主人は私の小学校の同級生でもあることでしたので、昨夜は
お通夜に本日は告別式に参列させて頂きました。ご自宅以外にお住いの次男さんのお父さんへのお別れのお言葉に5月4日に元気に会って帰宅したばかりなのに
という、お話に参列者の涙を誘いました。そして私たち夫婦も真剣に終活の問題を考えなくてはいけない年代に突入していることを心から思うようになりました。5月5日にご逝去なさいましたOOくんに今日は私が
掛川第一小学校の6年月組同級生として
告別式に参列させて頂けた事を感謝申し上げますとともに、
eじゃんの紙面をお借りいたしまして故人のご冥福を心よりお祈り申しあげます。

閲覧数1,183 カテゴリ日記 コメント1 投稿日時2016/05/08 00:04
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コメント(1)
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  • 2016/05/08 20:08
    鉛筆edaさん
    3月25日と4月1日と5月29日はそれぞれ私の実父義母実母の命日ですが、実父と実母は、亡くなった日の数時間前に会って私から
    言葉をかけております。父にはその日の早朝「今日は風が強い日だから会社にオートバイで行かない方がいいんじゃないの」と言って;;;
    母は肺炎で救急車に乗る前に「どうしてこんなになっちゃったのかねえ」と私に言ったのが最後の言葉でした。父は家を出て
    その数分後、旧掛川税務署の前で、対向車のトラックに正面衝突
    して、即死、当時新聞にも転載されました。母は私たちは祖母と午後
    面会に行く予定でしたので、祖父一人だけで付き添って行きましたが
    旧市立病院は当時宮脇にあり集中治療室もない昭和48年のことでしたので、検査中に容態が急変して酸素テントに運ばれましたが
    婿取りでお嫁にも行ったことのない一人っ子の母は実父の優しい
    祖父に見守られながら旅立ちました。また亡くなる2週間前に
    東日本大震災を東京で経験された義母は、亡くなる前の日にデイーサービス行ってカラオケを歌って帰り、その夜頭が痛くなり病院に
    入院して、翌日2時に同居の主人の妹さんのご家族に見守られながら
    旅立ちました。今思うと人によってはご守護で苦しむ時間が数時間や
    眠ったまま旅立つ人もいることを学ばせて頂きました。
    次項有
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