3月25日と4月1日と5月29日はそれぞれ私の実父義母実母の命日ですが、実父と実母は、亡くなった日の数時間前に会って私から
言葉をかけております。父にはその日の早朝「今日は風が強い日だから会社にオートバイで行かない方がいいんじゃないの」と言って;;;
母は肺炎で救急車に乗る前に「どうしてこんなになっちゃったのかねえ」と私に言ったのが最後の言葉でした。父は家を出て
その数分後、旧掛川税務署の前で、対向車のトラックに正面衝突
して、即死、当時新聞にも転載されました。母は私たちは祖母と午後
面会に行く予定でしたので、祖父一人だけで付き添って行きましたが
旧市立病院は当時宮脇にあり集中治療室もない昭和48年のことでしたので、検査中に容態が急変して酸素テントに運ばれましたが
婿取りでお嫁にも行ったことのない一人っ子の母は実父の優しい
祖父に見守られながら旅立ちました。また亡くなる2週間前に
東日本大震災を東京で経験された義母は、亡くなる前の日にデイーサービス行ってカラオケを歌って帰り、その夜頭が痛くなり病院に
入院して、翌日2時に同居の主人の妹さんのご家族に見守られながら
旅立ちました。今思うと人によってはご守護で苦しむ時間が数時間や
眠ったまま旅立つ人もいることを学ばせて頂きました。










