2人の死者 |
>プレジデントオンライン >だから「愛子天皇」をどうしても認めない … 「男系男子」を曲げない黒幕・麻生太郎を動かす “2人の死者” >島田裕巳によるストーリー・ >5時間・ >高市首相が目指す、今国会中の皇室典範改正の動きが本格化している。 >衆参両院は、皇族数確保策に関する「立法府の総意」を、6月前半に向けて取りまとめていく見通しだ。 >皇室史に詳しい島田裕巳さんは「この動きの最大のキーパーソンは自民党の麻生太郎氏であり、そこには今は亡き2人の存在が強い影響を与えている」という――。 (略) >“大事業”を「花道」にしたい練れ者 >麻生氏は1940年9月20日の生まれで、現在85歳である。 >現役の自民党議員でそれに次ぐのが71歳の逢沢一郎氏になってしまう。 >引退する議員が多く、間がごそっと抜けてしまったのだ。 >この年齢構成からしても、麻生氏が自民党のなかで重きをなすのは自然な流れである。 >85歳という年齢から考えると、麻生氏が次の衆院選に出馬することはないであろう。 >ということは、彼に残された現役政治家としての時間はかなり限られている。 >すでに16選を果たしており、残された時間は2、3年である。 >本人は当然、そのことを意識しており、「皇室典範改正」という大事業をなしとげてから政界を引退し、それを花道にしたいという思いを抱いているに違いない。 >だからこそ、皇室典範の改正になみなみならぬ意欲を示しているわけだが、見方を変えれば、そうした個人の功績を後世に残すために、皇室のあり方に重大な影響を与える皇室典範の改正がなされてよいものだろうか。 >そうした疑問が湧いてくる。 >しかも、麻生氏は2人の死者に突き動かされて、その方向にむかっているのである。 >※編集部註:初出時に元参議院議長の山東昭子氏を現役議員として紹介しましたが引退していますので訂正しました(5月29日10:00追記) >義弟と盟友「2人の死者」の木霊 >その死者とは、三笠宮家の寛仁親王と、銃弾によって殺された安倍晋三氏である。 >寛仁親王は、麻生氏の妹の夫君になるわけで、義弟になる。 >安倍氏の場合は、民主党から政権を奪還した後、2012年12月から第2次安倍政権をスタートさせるが、麻生氏は、安倍氏が退陣するまでの約7年8カ月にわたって副総理兼財務大臣として、その政権を支えた。 >麻生氏はいったん首相に就任しているわけで、それが政権の「ナンバー2」として首相を支えるのは異例の事態である。 >それは、麻生氏と安倍氏の絆がいかに強いものであったかを示しており、2人は間違いなく「盟友」だった。 >麻生氏が、皇室典範の改正に前のめりになっているのも、この義弟と盟友という2人の死者の声を聞き続けているからではないだろうか。 >寛仁親王は、若い頃には自由に活動がしたいと皇族から離れる意向を示したこともあった。 >ただし、〈秋篠宮家とも三笠宮家とも全然ちがう…「愛子天皇」待望論の背景に"家族関係のお手本"求める国民感情〉でも述べたように、父である三笠宮崇仁(たかひと)親王がリベラルな立場だったことに反発し、あくまで伝統を守ろうと、女系天皇に反対し、旧宮家の皇籍復帰を主張し、さらには側室制度の復活まで提言していた。 >皇室問題に積極的な皇族と政治家 >寛仁親王に『トモさんのえげれす留学』(文藝春秋)という著書があるように、イギリスのオックスフォード大学に留学の経験があった。 >麻生氏も、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに留学しており、イギリス留学という共通の体験がその関係を強化することに結びついた。 >『トモさんのえげれす留学』には、麻生氏も登場する。 >しかも、学習院は2人にとって共通の母校である。 >寛仁親王は「ヒゲの殿下」として国民に親しまれたものの、2012年に66歳で亡くなっている。 >1946年の生まれだから、麻生氏よりもかなり若い。 >今も存命なら、皇室典範の改正について意見を述べていた可能性がある。 >もちろんそれは、女系天皇に結びつく可能性のある女性宮家創設に「反対」するものとなったであろう。 >麻生氏は、そうした義弟の意向をくみとっており、女性宮家の創設よりも、寛仁親王の主張に近い旧宮家の養子案を優先しようとしているのである。 >寛仁親王は皇族という立場にあった以上、いくら発言がその枠から外れているように見えても、おのずと限界があった。 >それに対して、麻生氏の盟友であった安倍氏の場合は政治家であり、皇室の問題に対する発言もより積極的であった。 >その安倍氏が、首相在任中に掲げたのが、「戦後レジームからの脱却」というスローガンであった。 >これが今、大きな意味を持っている。 >「女性・女系天皇」を白紙撤回した政権 >レジームという言葉はフランス語で、体制や制度、構造を意味する。 >安倍氏は、戦後レジームを、「憲法を頂点とした、行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交・安全保障などの基本的枠組み」と定義した。 >現在の体制、レジームは、日本が戦争に敗れ、連合国による占領という状況のなかで押しつけられたものであるというのが、安倍氏の認識であった。 >安倍氏には、『美しい国へ』(文春新書)という著書があるが、美しい日本とは、そんな戦後レジームから脱却した国家のあり方を示していた。 >安倍氏の立場からすれば、戦後、旧宮家が皇室から離脱したことも、連合国に強いられてのことで、戦後レジームの一つの象徴ということになる。 >もちろん安倍氏も、天皇や皇族のあり方を、戦前のようにしたいとまでは考えていなかったであろう。 >だが、小泉政権下の有識者会議が「女性・女系天皇」を容認する提言を行ったことを、第1次政権の時代に白紙撤回している。 >安倍政権が怖れ続けたモノとは何か >現在の上皇が生前退位の意向を示したのも、安倍政権の時代だった。 >安倍氏は、そうした上皇の意向に対してひどく慎重な姿勢で臨んだ。 >皇室典範では、天皇は終身とされ、退位を認めていなかったからで、その規定は戦前の旧皇室典範を引き継いだものだった。 >その際に、皇室典範の改正がなされず、一代限りの特例法で退位が実現されたのも、安倍氏が、退位が制度化されることを怖れたからだった。 >天皇が自分の意思で退位するとなると、皇位の安定性が失われるというわけである。 >そして安倍氏は、皇位継承者を確保するために、旧宮家の皇室への復帰、ないしは養子による復帰を主張した。 >2020年9月に体調不良で首相を退く直前にも、安倍氏は、安定的な皇位継承を議論する有識者会議の召集を当時の官房長官で、次の首相となる菅義偉氏に強く求めた。 >その有識者会議の報告書には、女性宮家の創設とともに旧宮家の養子案が盛り込まれたのである。 >麻生氏としては、安倍氏が銃弾の犠牲にならなければ、現在の国会での議論で主導的な立場をとったに違いないと考えていることだろう。 >そうした盟友の遺志をなんとか活かしたい。 >麻生氏は、このように2人の死者の言葉に従って行動しているわけである。 >しかも、そればかりではない。 >麻生副総裁にとって決定的なトラウマ >麻生氏が、このように死者の言葉によって動かされてしまう背景には、強力なコンプレックスの存在がある。 >麻生氏は、明治時代から続くいわゆる「麻生財閥」の御曹司であり、30代でその中核企業である麻生セメントの社長に就任している。 >戦後の復興に尽くした吉田茂首相は祖父にあたる。 >日本の事実上の最初の首相(内務卿)であった大久保利通は高祖父である。 >ほかに、義父が元首相の鈴木善幸である。 >首相経験者では、岸信介、佐藤栄作、細川護熙が、関係は遠いものの親戚になる。 >それだけの政治家として名門の家に生まれ、実際、首相にまで上り詰めたわけだが、その在任中の2009年の衆院選で自民党は大敗し、民主党に政権を奪われている。 >そこには、2008年の「リーマン・ショック」による世界同時不況という事態が影響したものの、経済政策で失敗し、内閣支持率は10パーセント台まで下落した。 >そうしたなかで、解散を先延ばししたことも優柔不断という悪評に結びついた。 >民主党に政権交代を許した「戦犯」として、麻生氏は、首相失格という烙印(らくいん)を押されてしまったのである。 >それは、麻生氏にとって決定的なトラウマになったに違いない。 >安倍氏と盟友の関係を続けたのも、自分には「ナンバーワン」になる資格はないと諦め、「ナンバー2」に徹しようとしてのことではなかっただろうか。 >現在では、高市首相を支える「キングメーカー」として君臨することで、そのトラウマを払拭しようとしている。 >活かされない「首相失格」の烙印 >不人気で首相の座を降りる政治家はいくらでもいる。 >だが、それが、与党から野党への下野に結びつくケースはそれほど多くはない。 >そこに、麻生氏のトラウマの大きさが示されている。 >高市首相も、皇室典範の改正に熱心ではあるものの、そこにかける情熱では、麻生氏にははるかに負ける。 >麻生氏としては、現役の政治家であるあいだに、なんとか大きな花を咲かせ、それによって過去のトラウマから脱却しようともくろんでいるのではないか。 >そんなチャンスが今やめぐってきたわけだから、それを活かさない手はないはずだ。
ルサンチマンの解消ですね。[ルサンチマン(仏: ressentiment)弱者が敵わない強者に対して抱く「憤り・怨恨・憎悪・非難・嫉妬」といった感情]
>けれども、皇室典範の改正は難事業である。 >なにしろ戦後一度も改正されていないからである。 >今回それがなされなければ、当分、その機会はめぐってこないであろう。 >麻生氏としては、首相失格の烙印を押されたとき、いかに世論が重要であったかを思い起こすべきである。 >世論は、必ずしも男系男子の養子案を歓迎しているわけではない。 >世論が求めているのは「愛子天皇」待望論に見られる女性天皇、さらには女系天皇の誕生なのである。
そうですね。麻生氏のルサンチマンは民主主義の否定になりますね。
>---------- 島田 裕巳(しまだ・ひろみ) 宗教学者、作家 放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。 >『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。 > ----------
マッカーサ元帥は1951年5月5日の上院合同委員会で日本人を以下のように評していました。 ‘もしアングロ・サクソンが人間としての発達という点で、科学とか芸術とか文化において、まあ45歳であるとすれば、ドイツ人もまったく同じくらいでした。しかし日本人は、時間的には古くからいる人々なのですが、指導を受けるべき状態にありました。近代文明の尺度で測れば、我々が45歳で、成熟した年齢であるのに比べると、12歳の少年といったところ like a boy of twelve でしょう。 指導を受ける時期というのはどこでもそうですが、日本人は新しい模範とか新しい考え方を受け入れやすかった。あそこでは、基本になる考えを植え付けることができます。日本人は、まだ生まれたばかりの、柔軟で、新しい考え方を受け入れることができる状態に近かったのです。’ (ジョン・ダワー 増補版 敗北を抱きしめて 下) マ元帥の発言はどの駐日大使のものよりも率直でしたね。外交辞令がない。彼は知日派の人であった。だが、日本人は彼が考えるような知恵遅れの民族ではない。日本語文法には時制 (tense) というものが無いのである。待てど暮らせど非現実 (考え・哲学) を搭載する構文は日本人の口からは出て来ない。つまり自己の考えの内容が出て来ない。これが英米人と違う所である。
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