2026年08月08日(土) 

 

AERA DIGITAL   >江戸時代の主流派は人口8割を占めた「百姓」 気心の知れた村人同士が助け合って暮らすようになった背景   >渡辺尚志の意見   >・1週・   

> 時代小説や映画などで江戸時代といえば、武士や町人が主人公になりがち。   

>しかし実は、人口の8割を占めた百姓こそが、社会の多数派だった。   

>「江戸三百藩の暮らし」を掘り下げた「歴史道 Vol.46」から、今回は私たちの多くが先祖とする農民に焦点をあて、その仕事、家族構成、村社会の実態に迫る。    

>*  *  *    

>■約8割を占めた百姓身分が江戸時代の主流派だった    

> 江戸時代の人口の約8割は百姓身分の人たちだったから、その動向が社会のあり方と変化の方向を規定した。    

> 読者の皆さんは、伝統的な農村について、どのようなイメージをお持ちだろうか。    

>一面の田畑に青々と作物が育つ風景、土地とお墓を守って代々村で暮らし、日々農作業に励む農民たち──といったイメージを抱く方が多いのではなかろうか。    

>それは間違っていない。    

>ただし、そうした伝統社会は原始・古代から一貫して存在したわけではなく、江戸時代(近世)に形づくられたものだった。    

> 古代・中世においては、耕地は谷あいの狭い平地や山の斜面に造られることが多く(現代の棚田を思い浮かべてほしい)、平野部には耕地が散在しているだけの状況だった。    

>もちろん、谷あいや傾斜面よりも平地のほうが耕作に便利だし、広い耕地が確保できる。    

>しかし、平野にはたいてい大河が流れている。    

>そして、大河が氾濫すれば、流域は一面、泥の荒野になる。    

>そんな所で、安定した耕作は営めない。    

>そのため、戦国時代までは、平野部の耕地化は進展しなかった。    

 それが、江戸時代になると様相が一変する。    

>全国を統一した徳川幕府は、大規模な治水工事(堤防の構築や河川の流路付け替えなど)を実施して、洪水の防止に努めた。    

>戦国時代には築城などに用いられていた軍事技術が平和利用されて、治水工事に役立った。    

>戦争に使われたヒト・モノ・カネが、用水路建設などの農業基盤整備に回された。    

>その結果、江戸時代には、関東平野・越後平野などの広大な平野部に、大量の耕地が開墾された。    

>全国の耕地面積は、江戸時代の間に約1619倍程度にまで増加したのである。    

 

わが県にも中新田とか、池新田という地名が河口にありますね。   

 

>今日、私たちが目にする、一面の田畑に作物の葉がそよぐ風景は、江戸時代に作られたものだった。    

> 戦国時代に武器を取って戦ったのは、武士だけではない。    

>百姓たちも、村を守るために戦った。    

>また、戦国時代の村には、土豪や地侍と呼ばれる、半農・半武士的な人々がいた。    

>彼らのなかには、戦国大名に従軍して、戦功をあげることで立身出世を目指す者が少なくなかった(〝豊臣兄弟〟を想起してほしい)。    

>戦場の混乱に乗じて略奪行為をはたらくために、進んで戦地におもむく百姓たちもいた。    

>このように、戦国時代には、百姓と武士の境目はあいまいだった。    

> また、戦国時代には、百姓たちの流動性が高かった。    

>村が戦場になって、家が焼かれ、財産や農作物が略奪されれば、村での生活が困難になる。    

>それどころか、生命の危険にもさらされる。    

>そのため、彼らは安全で暮らしやすい土地を目指して、頻繁に移住した。    

> それが、江戸時代になると、平和のもとで社会が安定化し、武士と百姓の身分差が明確になった。    

>武士たちは村を離れて城下町に集住し、武士が去った村では百姓たちが自治的に村を運営するようになった。    

 

城下町に住む武士は藩士、村に住む武士は郷士ですね。   

 

>平和の維持は武士に任せて、百姓たちは農耕をはじめ、さまざまな生業に専念できるようになった。    

> 農業経営の発展のためには、定住生活が望ましい。    

>あちこち渡り歩いて新たに荒れ地を開墾するよりも、同じ耕地を親から子へと代々大切に耕し続けたほうが多くの収穫を得られる。    

>平和の到来のもとで、江戸時代にはそれが実現した。    

> そうなると、家と土地を自分に残してくれた両親・祖父母、さらにそれ以前の先祖への敬慕の念が深まる。    

>今の自家の安定があるのは先祖のおかげだと考えるようになる。    

 

それは長子相続ですね。分割相続するほどのものはない。      

 

>そこで、墓地に墓を建て、お盆やお彼岸の供養を欠かさず行う習慣が生まれた。    

> 家々が先祖伝来の耕地で耕作に励み、代々同じ村に住んで、気心の知れた村人同士が助け合って暮らす──そうした伝統的な農村が江戸時代に誕生したのである。    

 

なれ合いの暮らしですね。なれ合うことのできに人は村八分にされますね。   

 

>(注)ひゃくしょう/江戸時代、農村に住み年貢を納める身分の人々。    

>その多くは農民だったが、漁業、林業や商工業に従事する百姓もいた。    

>◯監修・文/渡辺尚志(わたなべ・たかし)    

1957年東京都生まれ。    

>一橋大学名誉教授。    

>松戸市立博物館館長。    

2026723日刊行予定の最新刊『年貢 せめぎ合う江戸時代の領主と百姓』(中公新書)他、『日本近世・近代村落史研究』(勉誠社)、『百姓の力 江戸時代から見える日本』(角川ソフィア文庫)など著書多数。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数28 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/08/08 02:03
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