昭和43年3月掛川東高校を卒業しても、42年暮れまで2か月も
入院していた私は、3月になっても就職が決まらず、焼津の
親戚のお姉さんが焼津神社に勤めていらした
こともあって、私の体を気づかって下さり
駅前のその親戚の家に下宿させて頂き、その方の紹介で
4月12日から焼津神社に
勤めさせていただき、6月からは正社員として
厚生年金にも加入させて頂きました。
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戦後絵巻「さとえ」物語 作詞作曲浦里 唄小枝 台詞 時は戦後昭和20年代に至りますれば、静岡県掛川町に祖父母の一人娘の 文子に待望の初孫が誕生いたしました。祖母のはつは初孫に純毛の 毛布を掛けて 初孫を寒さから守ろうといたしました。しかし;;; 歌詞 時は戦後の 掛川に 「さとえ」姫様生まれます 生後10日も 過ぎたころ 毛布の毛羽で ヒキツケを 台詞 祖父誠一の機転で水を口に含んで 初孫の鼻にかけて 孫はくしゃみと共に 毛布の毛羽を飛ばし ヒキツケは治まり 「さとえ」と名前が付いたのは 翌年の正月三日のことでした。 じいじに命を助けられ ばあばと先祖の お参りを ;;;その後18歳までの昭和時代をを歌で綴っております。 https://youtu.be/k8U1XShFDec |