正直にコトの経緯を話そう。 「ある毛鉤釣り師の足跡」ではシューベルトのピアノ五重奏曲「鱒」のことに触れたが、その時、僕は深く考えもせずに弦楽四重奏曲と書いてしまった。本が出た後、お二人の方からお叱りを受けた、あの曲はピアノ五重奏曲なのです、と。で、記憶をたどると、曲の中にピアノの音があることを鮮やかに思い出したのだった。恥ずかしい間違いをしてしまったわけだが、そこはしたたかに、だが、謙虚に、その曲をあらためて聴いてみようと思いった。 そして出会ったのがクリストファー・ヌーペンが1969年に16ミリで撮影・録音した演奏のDVDだった。すばらしい演奏で、僕は引き込まれ、演奏が終わったときには立ち上がって、テレビモニターに向かって拍手をしていた。 そこには5人の20代の若者が居て、22歳のシューベルトが作曲した音楽をもののみごとに演奏したのだった。作曲家・演奏家の全員がキラキラと輝いていた。演奏した5人とは、ピアノ:ダニエル・バレンボイム、ヴァイオリン:イツァーク・パールマン、ヴィオラ:ピンカス・ズーカーマン、チェロ:ジャクリーヌ・デュ・プレ、コントラバス:ズービン・メータ。当時はみな無名に近かったが、友人同士であり、初めて一堂に会して演奏したのが”歴史に残る名演”となったのだった。DVDには演奏前の彼らの会話や、演奏後の興奮したようすも収められていた。 久しぶりに魂が揺さぶられる音楽を聴いた。僕は才能みなぎる若さに圧倒され、心底から”スゴイ”と思った。 この話をクラシック好きの鎌倉に住む友人に話したところ、 「あれはね、伝説として語り継がれている名演なのですよ」とのこと。彼はDVDの前の世代の記録映像を持っていたが、再生機器が使えなくなり、いつのまにか映像自体も失われてしまったという。 「それじゃあこのDVDを送りましょう」 と僕が言うと、彼が喜んだことと言ったら・・・。電話の向こうで小躍りしているようすがわかるほどだった。 |