まず第一に、捕食行動をしていない鱒のほとんどは、捕食場所の近くのもっとも深い場所の、川底の、しかも川岸のバンクの近くに居ます。 第二に、活発に餌をとっている時以外、ほとんどの鱒は好んで木の枝などの遮蔽物の陰に居て、特定の数時間の間には餌をとります。それは太陽の直射日光が水面に当たらなくなった午後の遅い時間、それと夜明け直後の早朝の時間帯で、太陽光が水面にフルパワーで当たりだすまでの間です。これらの時間帯には、彼らは深みから戦略的に有利である浅場-その浅場はいくつかの深みに連続している事が多い-に移動します。 第三に、鱒によっては水面よりも水中で餌をとるものが居ます。彼らが何を捕食しているのかは、私には見えないのでわかりません。私は釣りシーズンの最後の日に釣った鱒の胃の中を調べたことがありますが、胃の中には黒い塊が充満していました。それは小さなゴミの塊のようにも見えましたが、よく見ると、とても小さな水生昆虫の塊だったのです。鱒は大きくて旨そうな虫が水面を流れてきたときには水面で捕食し、ほとんどの場合は水中で餌をとっていたのでした。 第四に、鱒はわずかな水の震動にとても敏感で、おびえてしまうのです。観察地点のまわりには水気が多く、沼地のようになっていて、ほんのわずかな動きでも、水を伝わって、鱒の居る所に”警告の震動”が届いてしまうのでした。鱒はその警告の震動を感じると、サッと物陰に隠れ、かなりの時間はそこに居て、その後意を決して元の場所にもどります。隠れている時間にはかなりの幅があり、たった30分くらいのこともありますが、多くの場合、次の捕食時間まで、何時間も隠れているものです。このことは、不注意に鱒に近づくと、鱒を釣るチャンスがすぐに失われてしまうことをよく示しています。私が観察している間に牛が6回沼地にやってきて、そのたびに鱒は物陰に逃げ込みました。もし、牛が川岸に1時間かそれ以上居つづけた場合は、鱒は物陰から出てきて、牛が居ることを気にしていないようでした。その鱒は牛は無害であることを知っていたのかもしれません。一方、牛によってはじめて引き起こされた震動には鱒はおびえてしまうのです。 釣りシーズンが終わる前には、なんとかフライフィッシングの道具を買いそろえることができたので、ふたたび釣りを始めました。しかし、その結果は惨憺たるものでした。それぞれのポイントでは第一投目にミスをして、釣れませんでした。なぜなら、釣り具については私は善し悪しが分からなかったし、実際竿はすごく重くてうまく使えなかったし、フライラインは竿に合ってはいなかったのです。そのうえ、竿のガイドとガイドの間隔が開きすぎていて、フライラインがバンブーロッドのまわりに巻き付いてしまうのでした。その道具は安物だったので多くは望めず、その道具立てでちゃんとしたキャスティングをすることはあきらめるしかありませんでした。 その1日目のフライ・キャスティングはまさに悪夢でした。私は、あの第一級のフライフィッシャーマンのキャスティングを思い出しながら、キャスティングを始めました。ですが、フライラインは私の体にからみつくし、私の服や皮膚にはフライが刺さり、フライを外すために何度もリーダーを切らねばなりませんでした。魚の居るポイントでは、いつも最初のキャストで鱒をおびやかしてしまい、1時間ほど釣り具と格闘しているうちに、鱒は逃げてしまいました。そして、釣りシーズンの最後の日のこと、たまたまですが、私は1匹の鱒を釣り、完敗からまぬがれたのでした。その魚のおかげで、夢を持って来年の釣りシーズンを待つことができるので、おだやかな気分で今年の釣りを終えることができたのでした。友人たちは私にはとても釣れないだろうと言っていたんですが、一匹の鱒をフライで釣ることができて、初心者の釣り人にとっては大きな栄光を手にしたような気分になったものでした。 釣り具をそろえなおし、キャスティングを覚えるのは大変で、時間もかかったし、悩むことも多かったのです。私が使ったフライラインは竿に対して軽すぎたことや、竿のガイド間の間隔をもっと小さくする必要があることを理解するまでに、1年以上かかりました。この間のことはよく覚えていないのですが、何年か後の、1914年かそのあたりに書いた釣りノートの文章から判断しますと、最終的にはその問題を何とか解決することができたようです。 クラム・クリークCrumb Creekが平坦な地形を流れている場所で7月や8月に鱒を釣るためには極めて慎重なアプローチやキャスティングが必要であり、正しいフライを選ばなければいけないということが分かりました。フライは地味な色合いで、水面にようやく浮いている感じで、すぐに沈んでしまうものが良く、フライのリトリーブはゆっくりと慎重にやる必要があります。キャスティングを始める立ち位置に立つまでには15分から25分、たっぷりと時間をかけて慎重に移動し、足の運びでわずかでもミスをすると、鱒を釣るチャンスはたちまち失われてしまいます。 この場所で釣り始めたころでは、鱒はそれほど敏感ではありませんでした。フライが水面すれすれで流れ、アプローチで鱒をおびやかすことがなければ、フライのリトリーブのやり方はどうであっても鱒はフライに出たものでした。釣りシーズンの最後のころでは違っていて、1匹も釣れない日がありました。フライの操作方法が悪いんだろうと思い、最初のころは水面近くでフライに早い動きをさせていたんですが、その日私はやり方を変え、フライを深く沈めて、ゆっくり動かしてみました。そのやり方でポイント毎にいい魚が1匹釣れ、それで問題は解決したと思いました。 ですが、考えてみれば、もっとたくさんの鱒が釣れる可能性があったと思っています。なぜなら、その1匹を掛けたとき、魚は縦横に走り回り、結局は魚を川岸に寄せて取り込むことになり、他の魚を釣るチャンスを失ってしまったからです。 つづく |