今日、いつも来ているバアちゃんがきて、興奮して眠れないという。もともと血圧の高い人なので、興奮状態が続くのはよくない。
「いったい、何があったんです？」
と聞くと、
「実はですね。昨日、私、警察のおとりになったんですよ。こわくて、こわくて、夜も眠れないんですよ」
「ええっ、おとり？？？」
「はい。孫が電話してきて、お金が急に要るようになったから何とかしてほしいと言うんですよ。声がちょっとおかしいなと言ったら、風邪を引いているって言うんですよ。また電話するって言うから、電話を切ってね。心配になって孫の嫁にメールしたんですよ。そしたら、嫁から孫に連絡が行って、孫が電話してきてね、それで”おれおれ詐欺”だというのが分かったんですよ」
「へえー、”おれおれ詐欺”だったんだ」
このころからナースも話を聞きに集まってきていた。
「それで、どうしたの？」
「それから、警察に電話したらたくさん来てねぇ。私におとりになってくれって言うんですよ。それでお金も用意して約束の場所に行ったら若い男が来てね。吉川さんですかって聞いたら、はいって返事したら、警察の人がワッと出て来て、捕まえちゃったんですよ。わたし、もう、こわくてこわくて・・・」
「あらあら、そんなことがあったんですか。そりゃあ、大変だったねえ。だけど、いいことしたんだから、あまり気にしない方がいいよ」
と、ボクは言ってなぐさめた。
「だけど、私、まだ、こわくて、こわくて」
「そりゃあ、警察から表彰されるかもしれないよ」
と言うと、
「あとでね、お菓子を一箱持ってきましたよ」
と言う。
　ボクも野次馬根性が出て、ついつい話につりこまれてしまった。いやいや、患者さんの話はちゃんと聞いてあげなくてはいけない、それが仕事なんだから。
　で、精神安定剤を出すことにした。１錠は朝飲んでもらい、もう１錠は寝る前に飲んでもらう。これで落ち着いてくれるだろう。
　それにしても、”おれおれ詐欺”を体験したなんて驚いたなあ。騙されなくて本当によかった。それにしても、なかなかしっかりしたバアちゃんだと感心したものだ。