岩手はこれまで渓流釣りのパラダイスとして釣り雑誌でとりあげられてきたが、僕はどうしたわけか岩手で釣りをしたことがなかった。これは、たまたまであって、岩手には親しい釣りの友人もなく、誘われもしなかったからだ。一方、数年前から小川博彦さんから安比高原の釣りの面白さを何度も聞かされたし、おまけに去年、ひょんなことから遠野の近くでカムパネラという竿を作っている宇田 清さんと知り合いになり、〈フライフィッシング用語辞典はとても助かっています。著者の川野さんにはお目にかかりたいと思っていました。ぜひ岩手に釣りに来てください。案内しますから〉と誘われ、この6月にやっと岩手行きが実現したのだった。 ちなみにイーハトーブというのは宮沢賢治の命名で、岩手をエスペラント語風にイーハトーブと呼んだそうで、”理想郷”という意味も込められているらしい。美しい響きのある言葉である。 旅行は6月13日(水)から17日(日)で、参加者は川野、多家、小川、新居田、粟田、酒井、佐藤、山中、榑松で、現地で小口氏、清水氏が合流し、総勢11名の大デリゲーションとなった。 6月13日、朝5時に相模原を出発、一路カムパネラをめざす。花巻で高速を降り、粟田君が観光案内で見つけた由緒ある蕎麦屋で昼食。大きな店で、宮沢賢治も来たらしいが、蕎麦の味は残念ながら二級品だった。掛川のソバ研の蕎麦とは比べものにならない! 3時頃にカムパネラ到着。宇田さんとは初対面だが、そのきさくな人柄ですぐにうち解けた。彼は平塚の生まれで、真空屋だったそうで、釣りにのめり込み、14年前に岩手に移り住んだという。竿工房を見せてもらったが、おだやかな物言いのなかにも、キラリと職人の目が光るのが好ましい感じだった。工房では、ころがり込んできた二人の若者にも会った。なかなかの好青年たちだった。 向かって右端が宇田 清さん。 工房見学のあと、日暮れまで数時間はあり、釣る時間はじゅうぶんにあった。早く釣りに行きたい気持ちを抑えながら、釣り場への行き方を聞く。宇田さんのお勧めは早池峰山の西側を流れる小渓流だった。 小さな流れだが、水は綺麗で、石が多い。川の上には両岸からは木の枝が覆い被さっていて、釣りにくく、僕は何度もフライを枝に掛けてしまった。ところが、である。驚くほど魚影が濃かった。ポイント毎にイワナが居て、イワナは何の疑いもなく、12番のフライ(シンプル・カディス)を”ごく自然に”吸い込むのだった!流れてくるフライはスッと水中に消えるのである。水しぶきもなにも立ちはしない。なんと、うぶな、イワナたちだったことか!何匹釣ったか忘れたが、一番大きなイワナは28センチあった。魚は白点だけで、朱点のない、アメマス系のイワナだった。 夕食は宇田さんを囲んで盛り上がった。全員に魚が釣れたし、今釣り人に話題のカムパネラの工房も見たし、現地産の旨いワインを飲みながら釣り人の話は尽きることがなかった。 宿舎に引きあげても若い連中は飲み続けたが、僕は強烈な眠気に襲われ、中二階に上がってフトンを敷き、ドロの様に眠った。だが、歯の治療のあとが痛みだし、3時には目が覚めて、念のために持参したバッファリンを飲んだ。見ると、みんなゴロゴロころがって熟睡していて、掛け布団をちゃんと掛けているいるヤツはいなかった。 ああ、幸せな男たちよ! 僕も・・・、だが。 つづく。 |