6月14日(木)。
この日はまる一日、宇田さんが釣り場を案内してくれ、一関から駆けつけてくれた村田 久さんと僕の3人で釣りをした。ここで、村田さんを簡単に紹介しておこう。僕より一つ上の64歳で、フライ歴は長く、岩手を中心に東北の渓流を釣り歩いておられる。端正な文章を書くネイチャーライターとして良く知られ、「底なし淵」、「岩手の釣り」、「イワナ幻談」、最近では、「イーハトーブ釣り倶楽部」など著書多数。FM岩手で”外遊び・・・”という番組を長くやっているそうだ。僕は彼の文章が好きで、ことに村人との関わりの描写がおもしろく、前から会ってみたい人であった。そこで、村田さんが宇田さんと仲がいいのを知り、今回、宇田さんに頼んで一緒に釣ることが実現したのだった。
今日の釣り場は早池峰山の西側の渓で、昨日の川より一回り大きい。大岩と大淵が連続し、遡行はかなり難渋するが、イワナは多く、カタもいいという。宇田さんお勧めの現在最高の釣り場だそうだ。ここでは川歩きというより岩登りに近くなるので、若手の小川・酒井・新居田・粟田の4人に釣ってもらうことになった。〈年寄りはもうちょっと楽なところで釣りましょう〉という宇田さんの案内で村田・川野・宇田の3人は小田越えという峠を越えて早池峰山の東側の渓流に移動した。
車から降りるととたんに鳥やセミの声に包まれた。うるさいほどだった。晴れて、暑い。振り返ってみると、この日の釣りは、これまでの釣りとはすこし違っていた。魚を釣ることよりも、一緒にいることや活力に満ちた自然の中に居ることを3人とも楽しんでいたように思う。3人が3人ともカメラを持ってきていて、お互いや、花や木々の写真を撮っていた。
あるポイントで、淵じりにイワナが居ると直感した僕は姿勢を低くして近づき、二投目にうまく流れたフライにガバと魚が食らいついた。いいカタの魚で、淵下の瀬に奔り込んだ。僕の竿は大きく曲がっていた。下流側で村田さんと宇田さんがカメラを構えているのが見えた。魚は瀬で竿を半月のように曲げたまま動かなくなった。と、次の瞬間、ググッと竿先が引き込まれ、スッと軽くなった。僕は中腰だったので、あおりを食って、〈ワワッ〉と叫びながら後ろにひっくり返った。それを見た宇田さんがニコニコしながら言ったものだ。
「先生の釣りは愉快ですねえ、いや、実に楽しそうに釣りをされる」
と。
「え、成り行きですよ。だけど、くやしいなあ、いいカタのイワナだったのに」
「はは、アイツは体を捻って鉤を外したんですよ。この先でまた釣れますよ、また」
となぐさめてくれる。
ここではたくさん写真を撮ったのでギャラリーにしよう。
移動中の車の中で、僕は村田さんにカワシンジュガイのことを聞いてみた。この貝は水質の良い上流域にしか棲息しない。その貝が絶滅の危機にひんしていることを最初に指摘した人が村田さんであることを僕は知っていた(底なし淵)。
「まだカワシンジュガイは残っていますか?一度見たいものですが、どこかの水族館で展示していませんか?」
と聞くと、
「水族館では飼育は不可能なんですよ。水質の関係らしいんですが。一カ所だけ、まだ、残っている川を知っています。年に一度は見に行こうと思っているんですが、今年はまだ行けてません」
「そうですか、今度岩手に来るとき、連れて行ってくれると嬉しいんですが」
「ああ、いいですよ。今となっては貴重ですからね」
夕方、若手組と落ち合うと、みな、目の色がキラキラと輝いていた。彼らの川では信じられないようにたくさん釣れたらしい。小川さんは尺イワナを2本も釣ったそうだ。
「スゴイですよ、ここは、フライをアントに変えたら一カ所で次から次へとイワナが出てくるんだから、きりがないんですよ、きりが!」
と。
記念撮影をして、村田さん、宇田さんと別れ、僕たちは安比へと向かった。
また来てくださいねと村田さん、宇田さんが言ってくれる。
ありがとう、宇田さん!
ありがとう、村田さん!
そして、
ありがとう、早池峰の山と渓流!
別れた後、車の中ではみんな黙っていた。それは「幸せの沈黙」であったことはまちがいないだろう。そして、みんなまた来るぞと強く決意していた。
つづく。
追伸:花の名前が全部分かった人はコメントしてください。ひとつ、分からないのがあるので。