やや奇をてらったタイトルのように見えるが、本音である。この歳になって初めて体験することなど少なくなってしまったが、今回は長い釣りの経験で、初めてのことであった。
場所はうらたんざわ渓流釣り場、昨日のことだった。自然渓流を利用したC&R区間に行ったときのこと。お気に入りのポイントに行くとすこし異臭がしたが、丹沢ではよくあることなのであまり気にもとめなかった。
釣り始めたが、ライズは散発的でなかなか釣れない。すると、下流の対岸側でときおり激しい水音がするのに気がついた。近づいてみると、対岸はやや急な岩壁になっていて、岩壁の隙間から水が川に流れ込んでいて、その落ち込みで時おり、魚が水しぶきをあげて何かを捕食していた。
ほほう、何かが流れ込んでそれを食ってるらしいな、テレストリアルがいいだろうなと思ってレネゲイドを使ってみた。2投目くらいでうまく落ち込みにフライが落ち、流れて、バシャと魚がフライをくわえた。寄せてみるとなかなかのイワナだった。写真を撮り、ストマック・ポンプで胃の内容物を調べる。すると、白いカスのようなものがたくさん出てくる!なんだこれはと思い白い皿に入れてみると、1センチくらいの白い虫が数匹見えた。そのうちの1匹はまだ動いていた、身体を伸び縮みさせて・・・。
「これは・・・、ナント、ウジだ!」
そのイワナは腹一杯にウジ虫を食べていたのだった!!!
僕は鱒類の胃からウジ虫が出てきたのをこれまで見たことがない。本に書いてあることも稀であり、あるアメリカの本で、牧場を流れる川で釣るときはウジ虫パターンを用意しておいた方がいいと書いた人がいる。その理由は牛の糞に蝿が卵を産んで、雨の後などにウジ虫が川に流入することがある、というものだった。
僕はなぜウジ虫が流れて来ていたのか不思議だった。で、ハタと思い当たった。先ほどから時々していた異臭と考え合わせると、対岸の小さな流れの上部には動物の死体があって、そこで発生したウジ虫が細流によって流されて来たのだろう、と。
つきとめようか、やめておくか、ちょっと迷った。だが、これでも科学者のはしくれ、フライフィッシャーマンでもあるし、ちゃんとすべてを確かめることにした。そして、意を決して対岸へと渡った。
案の定、その小さな流れの溜まりにはウジ虫がたくさん貯まって浮いていた。
その流れを辿っていくと、あった、あった。それは鹿の死体だった。オスであり、4尖と呼ばれる立派な角が生えていた。9月8日には台風9号が上陸し、丹沢に大きな被害をもたらした。その時の出水でやられたのだろう。死体の腐り具合も時期的に一致する。
自然の中で命は廻る。鹿の肉はウジ虫のエサとなり、ウジ虫は魚に食われる。当たり前のことだ。あの鹿の死体はあと1ヶ月は鱒のごちそうを提供し続けるだろう。
僕は角を記念にもらって行くことにした。1本は簡単に抜けたが、もう一本は頭蓋骨に強く固定していて抜けなかった。いずれ鹿の死体が骨だけになれば、その時にもう1本の角ももらおう、と思っている。その場所は釣り人が普段立ち入る場所ではないので、人に取られるおそれは、ほとんどない。
いやあ、久しぶりに面白いものを見た。そして、フライフィッシングというのは奥が深いなあ、と思った次第である。