|
正直な話、井伏鱒二著「川釣り」を今回初めて読んだ。有名な本であり、釣りエッセイの名著にあげる人が多い。読みたいと思いながらも読まずに今日に至っているが、ある雑誌の文の中に出てきたのを見て、よし読もうと決めた。どうせ読むなら初版本を読みたいと思い、昭和27年発行の岩波新書を手に入れた。本をみるとページの周りが茶色に変色して、乾燥が進み、ちょっと強くページをめくるとパリッと破れた。 感想:言葉遣いが平明かつ自然であり、しかも描写力が卓越している。話として面白く、井伏が稀代のストーリー・テラー、日本語の天才と評されることがうなずける。そして、ほんとうに釣り好きだったことがよく分かる。 まえがきがいい。「私は釣りが好きだが釣りの技術に拙劣である」。この一文で読者(=釣り人)に共感・親近感を与え、読もうという気を起こさせてしまう。まことに用意周到な著者のワナにはめられてしまうことになっている。 僕がとくに気に入った文は「樟脳の粉」と題したもので、井伏が下部川にヤマメ釣りに行き、橋の下で釣っていたら、橋上に男女の団体が通りかかって、井伏の釣りを見ながら好き勝手なことを言う。なかなか釣れないので、「釣れないのよ、きっと。へたくそなのね」。井伏にはそれが聞こえていて、見返してやろうと、おっとりと構えながらも必死になって釣り、やっと1匹釣って魚を悠然とビクに入れ、ゆっくりと橋の上に目をやると、もうそこには誰もいなかったというくだりだ。釣り人の心理を見事に描いている。 最後に収められているのが有名な「グダリ沼」だ。その話の最後を紹介すると。 「どうも有難う、お大事に。」 「すづがに、おであれ、気つけで、おであれ。」 お互いに帽子をぬいでお辞儀して別れた。 老釣り師との別れが目の前に見えるようだ。 |