“伸びたラインが水辺へと伝えているのは、我々の希望だ”
いやー、なるほど。
いつものキャスティングも、
ラインの先に希望の灯があることを信じて
投げ続けているのだ、ということが文章になっていると、
言い訳にも聴こえ、かつ、こそばゆく、
でも、その通り、なんですよねぇ・・・。
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「バブロフの鱒」の残りを読んだ。 クイネットの心理分析過程には脳機能に関する学術用語を使っているので、彼はアメリカでは人気エッセイストになっているようだ。彼の文はことば遊びと言うか、やたらと枝道に突っ走る書き方なので、ややウルサイと感じることがある。だが、これらの欠点は随所に出てくるおもしろい分析や指摘で救われている。”救われている”どころか、これまでにない優れものであり、釣り人が”ハタと膝を叩く”分析があるのがこの本を際だたせているだろう。 例をあげよう。 好奇心と野望 魚たちは、我々の目には見えない水面下に棲んでいる。彼らが鳥や地リスやコヨーテより謎めいているのは、そのせいだ。魚はほかの生物より好奇心をくすぐってくれる。 伸びたラインが水辺へと伝えているのは、我々の希望だ。 我々フィッシャーマンは幸運だ。釣りによって人間の基本に立ち戻ることができる。我々が最初に踏みいれた浅瀬に戻ることができる。夢にまで見た生命の起源にも触れることができる。緑なす草原をうねうねと走る小川で釣りをして一日を過ごせば、その瞬間だけであっても、どんなに薄汚れた現代人だって生と死の自然なリズムへ、あのエデンへと帰っていける。 成功するフィッシャーマンがなぜ成功するのか、考えてみたことがあるだろうか。それは彼らが決してあきらめないからだ。 社会生物学者のウィルソンは以下のように述べている。 「なぜ我々は自然環境のなかにいるとき-とくに釣りをしているときに、居るべきところにいるような気分になれるのか、彼は、理論的科学的進化的に納得できる言葉で説明してくれた。彼に言わせれば、それは「生愛好症」、つまり生への愛のせいだ。 と、こんなモンだが、いかがかな。文章を書き慣れた心理学者が書いた「釣りの心理学」は。そこそこ、なかなかのものだろう。 |