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2011年02月12日(土) 
 モンタナから悲しい報せが届いた。ボーズマンに住むシルヴェスター・ニーマスが先週亡くなったそうだ。
 彼とは2006年に3日間二人で一緒に釣りをした。1日はイエローストーン川で、2日はミズーリ川でだった。そのときの話は同年のフライロッダーズ誌に書いたが、当時はこのブログを始めてなかったので、今回紹介しようと思う。これを読んでもらえば彼のことを分かってもらえるだろう。彼自身が巻いたソフトハックル・フライをボクに渡すためにボーズマン空港まで来てくれたことを今でも鮮明に覚えている。
 2006年の時には彼は84歳だったので、亡くなった時は89歳にはなっていたはずで、じゅうぶん長く生きたと言っていいだろう。冥福を祈る。

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モンタナでの二つの話 (前半のみ)

その1。ソフト・シルと釣りをしたこと。
 ソフトハックル・フライというフライ・パターンがある。テイルもウィングもなく、ボディを巻いた後にパートリッジなどの柔らかいハックルをパラリと巻いただけのシンプルなパターンで、よく釣れるフライである。古くからあるフライ・パターンで、現在でもカディスやメイフライのイマージャーとして高く評価されており、愛好者も少なくない。
 このフライはウェットフライの一種で、もともとイギリス北部のヨークシャー地方やスコットランドで、200年以上前からスパイダー・フライとかハックルド・フライと呼ばれ、山岳渓流でアトラクター・フライとして使われてきたものであり、もっとも有名なフライはパートリッジ・アンド・オレンジだろう。このパターンに惚れ込んでさまざまな工夫をこらし、イミテーションの要素を盛り込んで、新たな観点からまとめ上げたのがモンタナ州ボーズマンに住むシルヴェスター・ニーマスであり、これまでにソフトハックル・フライについて五冊の本を書いている。それは、「ソフトハックルド・フライ」(1975)、「ソフトハックルド・フライ・アディクト」(1981)、「ソフトハックルド・フライ・イミテーションズ」(1991)、「ツーセンチュリーズ・オブ・ソフトハックルド・フライズ」(2004)、そして「ソフトハックルド・フライ・アンド・タイニー・ソフトハックルズ (2006)。
 ことに最初の「ソフトハックルド・フライ」は僕にとって印象が深い。本を買ったのは20年以上前のことだが、表紙を開くと扉に著者が巻いた本物のソフトハックル・フライが1個貼り付けてあったことに驚いた。そして、その本は自費出版であった。本を見ながらフライを巻き、本の中の白黒写真に小さく写っている著者はどんな人だろう、お洒落な人だなあ、と憧憬を感じたことを憶えている。
 そのシルヴェスター・ニーマスと今回二人で3日間釣りをすることができた。すこし長くなるが、そうなった経緯を説明しておこう。
 僕はこの数年、掛川市の佐藤君たちがやっている「ソフトハックルズ」というクラブの連中と釣りに行くことが多い。彼らはソフトハックル・フライを高く評価し、当然ながらシルヴェスター・ニーマスを敬愛している。その佐藤君に、今年八月、一緒にモンタナに釣りに行かないか、紹介してくれる人が居るからシルヴェスター・ニーマスに会えると思うよ、かなりの歳のはずだし、そろそろ会っておかないとあぶないよ、と誘った。紹介してくれる人というのはポートランドのデイブ・ヒューズであり、いぜん電話で話したときにシルヴェスター・ニーマスは古い友人だから、いつでも紹介するよと言ってくれていた。佐藤君は大喜びで休暇をとる算段を始めたのだが、多忙な彼が一週間の休みを取ることはしょせん不可能であった。仕方なく今回は僕一人でモンタナに行くことにした。僕はあることを思いつき、彼に提案してみた。ニーマス氏におみやげを持っていってあげようじゃないか。ソフトハックルズのメンバーがフライを巻いて、それを僕が彼に渡してあげよう、きっと喜ぶよ、うまくいけばお返しにフライを巻いてくれるかもしれないよ、と。即座に賛同した佐藤君はメンバーにフライを準備するよう連絡を始めた。僕のほうはデイブに頼んでニーマス氏を紹介してもらい、一緒に釣りをする話が決まっていった。七月の末、僕は集まったフライを写真用の額の下半分に貼りつけ、フライ名とタイヤー名を書いた。上半分にはクラブ・メンバーの集合写真を貼り、ニーマス氏への敬愛の言葉を添えた。しろうとの手作りだが、なかなかのできばえとなった。
 というわけで、僕は憧れのシルヴェスター・ニーマスに会えることになり、おみやげもできた。釣りの方は一日は氏のホームフィールドで釣り、その後二日間はミズーリ川で釣ることになった。ミズーリ川はすばらしい釣り場との評判が高いが、僕はこれまでミズーリを釣ったことはなかった。ミズーリ川の釣りの情報が少なく不安だったのだが、友人の紹介でモンタナの釣りに詳しい尾花君やボーズマンのスチュアート・ドミニクからアドバイスが得られ、安心して準備をすることができた。
 2006年8月13日の朝、僕はボーズマン・インというモーテルの前でニーマス氏と待ち合わせをしていた。待つほどもなく氏は自ら車を運転して現れた。初対面なのだが、お互いがすぐに相手を認識し、握手をした。
「ニーマスさんですね。川野です。お目にかかれてとても嬉しいです」というと、
「私も嬉しいですよ。モンタナへようこそ。シルと呼んでくれ」
「私もアメリカではノビーと呼ばれているので、そのように」
多くの著述があり、鼻の高い、権威主義的な人だったらどうしよう、という不安があったのだが、一瞬で吹き飛んでしまった。氏のおだやかで、親しみを込めた笑顔が嬉しかった。
 シルの車について行き、ボーズマンの中心部からやや離れた丘の上にあるお宅を訪れた。奥様のヘイゼルもお元気で、タイイング・ルームを見せてもらい、居間では紅茶を飲みながらシルは自分のことを話してくれた。彼はルーマニア人で、1922年のアメリカ生まれ。今は84歳になる(僕より21歳も年上!)。戦争にも行ったが、終わり頃であり、戦闘には加わらなかったらしい。イギリスにしばらく居て、同盟国のよしみでテスト川を無料で釣らせてくれたそうだ。仕事はコピーライターをやってきたそうで、1984年には引退してボーズマンに移ってきた。話し好きのシルは次から次と話題が移る。
「あ、そうだ、おみやげがあるんだよ、シル」
と言って僕は車まで行って例のフォトフレームをとってきた。そして、プレゼントです、と言って彼に渡した。シルは両手にとって書いてあることを読み、フライを見た。そして、かなりの時間をかけて見ていた。片手を頭の後ろや頬に当てたりしていた。感動しているのがわかった。顔は見ていないが、涙ぐんでいたようだ。その時の会話を正確には憶えていないが、ありがとう、嬉しい、と何度も言ってくれた。

 裏庭のベンチに座っても話が続いた。ソフトハックル・フライに興味を持ったのはいつ頃からですかと聞くと、うん、そうだなあ、1960年頃、デトロイトのポール・ヤングの店でね、ショーウィンドウに飾ってあるのを見たのが初めてだった。見た瞬間に綺麗だなって思ったね。シンプルで、うっとりするほど魅力的だった。本当の虫のように見えたんだよ、とソフトハックル・フライとの運命的な出会いを話してくれた。
 お昼前には釣りをするためにリビングストンに向かった。ダン・ベイリーの店に寄ったが、定休日で閉まっていた。そこで、ハッチ・ファインダーズというフライショップに行った。どこに行っても誰もがシルを知っていて、話がはずむ。そして、皆が親しみを込めて〝ソフト・シル〟(ソフトハックル・フライのシルをつづめたもの)と彼を呼んでいた。驚いたことにその店には河合さんという日本人の店員が居て、いずれその店を引き継いで責任者になるという。立派である。

 リビングストン近くのイエローストーン川で僕たちは釣りをした。僕は友人と一緒に釣りに行っても、すぐに自分の釣りに没入してしまうから同行者の釣りを見ることはほとんどない。だが、この日ばかりはシルの釣りを観察することにした。ソフトハックル・フライを使ってどんな釣りをするのか見たかったからだ。シルは白樺(?)で自作したウェーディング・スタッフを使いながら年齢を感じさせないほどスタスタと河原を歩く。キャスティングはゆったりとした自然なストロークであった。アップクロスまたはクロスストリームに投げ、メンディングを加えてできるだけナチュラル・ドリフトの距離を長くしていた。フライが下流側に来たらスイープさせて釣っていた。フライはお気に入りのマザーズデイ・カディス・ソフトハックル。しばらくして小ぶりのレインボウ・トラウトを掛けた。この場所はね、大型の鱒が多いんだよ。今は快晴の日の真っ昼間だからハッチもないし、いい型の鱒は望めないけどね。夕方ならいいかもしれないけど、と言う。
 川から上がり、リビングストンの町にもどって、二人でアイスクリームを食べた。暑くて喉が渇いていたから、ことさらアイスクリームがおいしかった。そして、夕方には町の中のイエローストーン川で8時頃まで釣った。釣れたのはホワイトフィッシュだけだった。河原に座り込んでまた話をしたが、シルは立ち上がれなかったので、僕は手を貸してあげた。彼は、いやあ、歳はとるのは辛いもんだよねと、くやしそうに言った。
   つづく・・・

閲覧数778 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2011/02/12 10:48
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