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2011年07月30日(土) 
 三ツ口岩魚とは何か、ご存じだろうか?
 このところ三ツ口岩魚のことで、ボクとロッダーズのS木君、山形県鶴岡のY語さんとの間で、興味あるやりとりが展開された。
 まず、S木君がボクが釣った大イワナの写真を見て、三ツ口じゃないかと言い出したのだ。ボクは三ツ口岩魚のことを知らなかったので、鶴岡のY語さんに聞いてみることにした。彼は古い友人であり、鶴岡の水産試験場栽培センターに務めている魚類学者である。彼に写真を送ると、彼は
「間違いなく三ツ口です。私自身で見るのは2度目です。とっても珍しいですよ。恩師の井田先生にもおたずねしたんですが、1度だけ見たことがあるとおっしゃっていました。三ツ口はカイプkypeというサケ科魚類の産卵期の形態変化(鼻曲がりなど)の一種と考えられていて、三ツ口が見られるのはイワナ属だけなのです。ヤマメ/アマゴ/サケでは見られません。イワナの寿命は3-4年ですが、その年令では決して三ツ口にはならないのです。餌が豊富であれば、3-4年で30-60センチメートルに育ちますが、三ツ口にはなりません。三ツ口になるのは、ごく稀なのですが5年以上生きたイワナの雄だけに見られる現象のようです。何歳以上で三ツ口になるのかという問いには答えられないんですよ。もともとイワナが5歳以上になること自体がごく稀なことですからね。よほど、釣り人を含めて外敵が少ない、遺伝的にすぐれている、安定した渓流環境などの条件が揃わないと5歳以上にはならないでしょう。魚の年令を正確に知るには鱗を調べればわかるのですが、珍しい三ツ口岩魚の鱗なんてこれまで調べられていませんからね。川野さんが釣ったイワナの鱗があったら年令がわかる貴重な例になったのですが・・・」
という返事だった。また、
「ボクが釣った大イワナは斑点がまったくなく、無地のナメコ色というかなめし革色だったんだが、これはどう考えたらいいのかなあ?」
と聞くと、
「一つの可能性は先生の釣った川が無斑イワナの生息地であればそれで説明できます。そうでなければ、単に老化現象ですね。色あせです。これはよく見られますよ」
とのこと。
 以上の返事を総合すると、ボクが釣った大イワナはとても珍しい三ツ口岩魚であり、年令は5歳以上で、6歳、もしくは7歳の可能性があるらしい。ついでに余語さんに聞いてみた。
「三ツ口岩魚は人間で言うと何歳ぐらいに当たるんだろうか?」
「はは、それは答えられないですね。とっても珍しいですからね。人間も100歳はもう珍しくないでしょうから、110歳くらいですかね」
 山形県の大鳥池に滝太郎という伝説の怪魚が居る。ネットで調べてみると、滝太郎は2メートルと巨大であり、下あごはめくれ上がり、兎の口のような三ツ口で、体は茶褐色のナメコ色なのだそうだ。
 とまあ、こんなところかな。どうやらボクはトンデモナイ岩魚を釣ってしまったらしい。白馬のタキタロウを釣ったのかもネ。いずれにしろ当分は楽しめそうである。今、三ツ口や滝太郎の文献を、釣りキチ三平もふくめて、取り寄せ中だ。

追伸:
 魚の年令を確認するための鱗は、魚の背中側の、背びれとアブラビレの間あたりからとるのがいいそうだ。魚体の前半部、腹部、尾びれ近辺は石や外敵と接触するので、傷つきやすく、避けた方がいい。傷ついていない鱗を1枚、ティッシュに包んで持ち帰ればいい。鱗は生えている方向に引っ張れば簡単に取れるそうで、3-4枚採取しても魚の健康を害することはなく、鱗はすみやかに再生するそうだ。(Y語さんの話)


閲覧数1,471 カテゴリ日記 コメント4 投稿日時2011/07/30 20:34
公開範囲外部公開
コメント(4)
時系列表示返信表示日付順
  • 2011/08/03 12:53
    S藤さん
    せっせの女将が来店、フライフィッシャーの昆虫学、お買い上げ~っ!
    次項有
  • 2011/08/03 14:43
    鉛筆狂四郎さん
    S藤さん

    おお、釣りをやらない人が買ってくれたか!
    それはビッグニュースだ!

    今度掛川に行ったときには飲みに行かなくっちゃあ。
    次項有
  • 2011/08/04 15:07
    さん
    お名前:炉奈留図

    「三ツ口」のイラスト、いい味出してますネ。民主党の仙谷由人が東大全共闘時代に丁度こんな顔をしていたような気が…
    次項有
  • 2011/08/04 16:24
    鉛筆狂四郎さん
    炉奈留図さん

    ボクは絵がへたでね。
    イラストがホメられるとは!

    全共闘時代の仙石さんねえ。
    ボクが覚えているのは最首 悟、山本義隆という名前くらいだ。会った事はないが・・・

    あのころ、落書きにあったそうだが、
    「連帯を求めて、孤立を恐れず」と言っていたんだが、
    最後、敗北のときには
    「孤立をもとめて、あせらず連帯を」
    となった。

    なつかしい話だ。
    悩みながら、真剣に生きた時代だった。
    次項有
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