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夕方、ある80歳代のバアチャンが息子の嫁に付き添われて診察室に入ってきた。元気に歩いていて、にこやかに笑っている。もうだいぶ前からクリニックに通っているバアチャンで、お嫁さんがもっぱら説明をしてくれるので大体のようすは分かるのだが、ボクとしては本人の認知症の程度や体調を知る上でも本人との会話が必要なので、大きめの声で 「おバアチャン、ご飯はおいしいかね」 と聞いてみる。すると、返事が無い。けげんな顔をしている。お嫁さんが、だいぶ耳が遠いんですよと言う。それではともう一回 「ご飯はおいしいかね」 とありったけの大声でボクは聞いてみた。それでも反応は無い!ボクは困った。これ以上の大声はボクには出せないし、喉が痛くなった。見かねたお嫁さんがバアチャンの耳元で大声で言ってくれ、やっと分かったようで、 「ああ、ああ、ご飯はおいしいです、ハハハ」 と笑いながら、元気で聞き取りやすい言葉で返事が返ってきた。やれやれ、確かに男の声より女の声の方が聞き取りやすいからなあ。まあ、ちゃんとした返事が出来たわけで、バアチャンの認知症もそれほど進んではいないな、と思った。このバアチャン、そう言えば家族が以前補聴器を買ってあげたんだが、本人がいやがって使わないということも思い出した。 認知症の人は脳だけ悪くなって、首から下は健康体であることが多いものだ。不思議に思えるくらいに、そうなのだ。また、認知症では、認知能力が落ちても本人には自覚が無いので、多くの場合、本人は別に困ってはいないし、辛い思いをしているわけではない。つまり、にこやかな認知症が多い。もちろん、周りは大変なんだが・・・。周りから見たら可哀相な状態なんだが、本人はまったく悩んでいない。極言すると本人にとってはある意味で”しあわせな病気”なのかもしれない。癌の末期より、よほどマシであることはまちがいない。 このバアチャンもまだまだ元気で、にこやかに生きられそうである。 |