10月21日(水) メイヤーペンションにはエレベーターがあって、その内側は総ガラス張りになっている。自分の影が無限に映っているのが面白かった。朝食は用意されたものから自分でとって食べる。コーヒー・メーカーが置いてあり、レギュラー、セミエスプレッソ、エスプレッソから選べるのも気に入り、僕はいつもセミエスプレッソを飲んだ。それも2杯。 ハムが色々置いてあり、ことに生ハムはおいしかった。卵料理だけは調理してくれ、ゆで卵とスクランブル・エッグのどちらかを選べる。これは面倒見の良いタチアーナが作ってくれる。 すこし内緒だが、僕はお皿に2食分取って、長めのクロワッサンを立てに切れ目を入れ、ハムやチーズを入れてサンドイッチのランチを作り、ペーパーナプキンで三重に包んでポケットに入れた。そして何食わぬ顔をして朝食をゆっくり楽しんだ。 10時にはドラゴが来て一緒の車に乗り、ブレッド湖畔をとおり、もはや見慣れたブレッド島を横目に釣り場に向かった。サバ・ボヒンカ川の上には朝霧が川の上に濃くたち込めていた。 この日はドラゴはまた別の所に連れて行った。それはサバ・ボヒンカ川のかなり上流部のレペンツェという村を通り抜けた所で、釣り人が入りにくい場所のようだった。そしてここは山の陰で陽が当たらず、寒かった。陽が当たれば10℃を越えて暖かいのだが、日陰なので気温は7-8℃くらいだろうか、寒い。ここではニンフで何匹か釣った後、深場に移動した頃、ライズが始まった。やはり1時ごろだった。 ここでのドライフライのグレーリング釣りは他の場所の釣りと違っていた。1-2投めに、長い距離を流さずに釣れるのだった。スレておらず、しかもグレーリングは川底じゃ無く浅く浮いている感じだった。 淵に向かって流れが収束しているところで38センチメートルのグレーリング、淵尻近くの対岸寄りで42センチメートルが釣れた。この2匹目のグレーリングを取り込むのは容易じゃなかった。 まず、フライに掛けたとき頭部だけ水面上に出て見え、デカイと思った。つぎの瞬間、彼はスッと沈んで深場に行き、そして動かなくなった。竿を何度かあおったり、緩めたりしたが、動かない!ラインが底石か沈木にからんでしまったかとガッカリしかかったころ、彼はジリジリと動き出した。そして鉤から逃れようと縦横に走った。下流に向かったとき、僕は渾身の力で耐え、下流の早い流れに行かせないようにした。意地の張り合いが続き、僕の右腕が痛くなって力が抜けてきたとき、彼は急流にすこし入った。それは僕が勝つか彼が勝つかの分かれ目だった。僕は左手を竿に添え、彼を急流に走らせないように留めようとした。ああ、もう力が続かない、ダメかと思ったとき、彼は力尽き、水面に上がってきた。そしてランディングできたのだった。 この間、ドラゴは僕の動画を撮っていたらしい。ネットに入った魚を見て、「すばらしい!ファンタスティック!」と叫んでいた。「あの急流に逃げ込まれたら100パーセント逃げられていた。魚は42センチメートルは間違いなくあるよ。トロフィーと言っていいね。この寒さの中、ドライフライで釣ったわけだし、増水した強い流れで釣ったし、文句の付けようのない最高の釣りだったよ、おめでとう!」と言ってくれた。僕はしばらくは放心状態だったような気がする。 またもや3時ごろにはライズは終わり、ずっと日に当たらず寒かったし、釣りをやめ、草原を歩いて日なたに出たときにはとても暖かく感じた。 その後、まだ日が高かったので、上流のボヒンカ湖を見に行った。美しい湖で、周りの周歩道の紅葉が綺麗だった。そして近くのカフェでコーヒーとクリームケーキ(スロベニア名物)を食べて、ブレッドに戻った。 さて、ドラゴのガイドも今日で終わりだ。明日、明後日は一人で釣る事になる。ドラゴはいいガイドだったし、一緒に釣りをしてとても楽しかった。ガッチリ握手をして、互いの目を見て、「どうもありがとうね。楽しかったよ」「私も楽しみました。また会いましょう、また14年先じゃあ長すぎますが」「そりゃあ、そうだ」と肩を叩いての別れとなった。 この日の夜は一人祝いで、湖畔のムーリンというレストランでサーロイン・ステーキを食べた。レストランを出て湖を見ると、薄明かりのブレッド島の教会と明るくライトアップされたブレッド城がことさら美しく見えた。