S藤さん:
ほんとにね。
かわいそうでね。
98まで生きるといろんな事があるんだろうね。
僕のクリニックに通っているY田ウメさんというお婆ちゃんがいる。現在98歳で一人住まいだ。小柄で、いつもにこやかで、品が良く、若い時はさぞや可愛い女性だったろうなという感じの方である。 「私はこの歳まで元気で来られて、今でも自分のことは自分でできるのでこの上のことはないと思っております」と言う。まるで阿弥陀堂便りのお婆ちゃんのようだ。 ついこの前も、今年の末には玄孫が生まれるのでそれが楽しみだと言っていた。また、 「あと1年とxヶ月で100になります。きりがいいのでそれまでは頑張らねばと思っております」と言っていた。僕はナースに、おウメ婆ちゃんが100歳になったら、何かお祝いをあげようか、と言ったこともある。 そのお婆ちゃんが 「とっても残念ですが、今日で先生のところにうかがうのも最後になりました。孫たちがどうしても老人ホームに入れと言うものですから。私は一人の方が気楽でいいんです。先生のお薬が私には合っていたようで、とても調子よくここまで来られたものですから、今後も先生にかかりたいと思っておりましたのに、老人ホームに入りますとあちらの先生に診てもらうことになるそうで、ちょっと心配なのですが・・・」と言う。 このお婆ちゃんとはよく話をしたな。ほどが良くて、受け答えが上手で、話が合うというか、僕はお婆ちゃんが来るのを楽しみにしていたものだ。お婆ちゃんのほうも、もしかしたらそうかも知れないと感じている。診療を受けに来ると言うより話をしたくて通っていたんじゃないか、と。 お婆ちゃんも一人ではやはり不安だろうし、お薬は全部くわしく手紙に書いておきますから、むこうの先生も同じ薬を出してくれると思いますよ、時々は遊びに来てください、などとなぐさめたのだが。 最後はお婆ちゃんは涙目になって僕の顔をじっと見つめていた。目に焼き付けておこうとするかのように。そして、立ち上がって, 看護婦さんに向かって、お世話になりました、と深々と頭を下げた。そして、僕にちょっと近づいて 「あんまり、すぐには後を追いかけて来ないでくださいませ」と言うと、ゆっくりと背を向けて診察室を出て行った。 いやあ、まいった、まいった。僕もちょっと涙目になってしまった。医師としては患者さん個人には思い入れをしてはいけないのだが、そうは言ってもね、こっちも人間である。お婆ちゃんが老人ホームに入ったらお見舞いに行ってやろうかなんて考えたが、ちょっとやりすぎのような気もしている。 どうしたものか・・・まいった、まいった。 |