インド人や英米人には、哲学がある。ヒンズー語や英語には、時制があるからである。インド人は哲学を瞑想により得ている。英米人は哲学を経験より得ている。
哲学を経験から得た場合には、思考結果は現実の世界で力を発揮する。それで、今の地球は英米の世になった。
中国人や日本人には哲学がない。中国語や日本語には、時制がないからである。賢明な孔子でさえ、現実の世界を出て考えを進めることはできなかった。
宗教は人を動かす。哲学は現実の世界を動かす。人は論理の帰結を使って原子力のような力を手に入れて世界を動かす。英米の大学は、哲学博士 (Doctor of Philosophy, Ph. D.) の牙城となっている。
世界を前進させるためには政治の力が必要である。政界で主導権をにぎるにはリーズナブルな個人の発言が欠かせない。今の日本人には個人意見がないので政界の主導権は握れない。我が国は、財力に見合った貢献を世界にすることが少ない。
「あるべき姿」は考えの内容で、「今ある姿」は事実の内容である。考えと事実は別次元の内容であるが、日本語には時制がないので、考えと事実を区別することが難しい。事実だけを語る人は、子供のようである。考えと事実の区別のつけられない人の発言は、空理空論となる。日本語脳の持ち主は、このいずれかになる。
我々に必要なことは、「今ある姿」の内容をどのようにして「あるべき姿」の内容の方に近づけるかという方策を考え出すことである。それが我々一人一人の個人的な建設的意見となる。だから、脳内において考えと事実を分離して並置することは必要である。それには、時制のある言語が必要である。
日本でも英米でも子供は自分の考えが無いので大人に従わなくてはならない。
政権与党が子供のようであり、進歩的野党が現実対応のできない空理空論の持ち主ということにでもなれば、我が国には立つ瀬がない。永久に世界の主導権を握ることはできない。
「人はパンのみに生きるものにあらず」といわれているが、パンの話しかしない人は、閉塞感に襲われる。
日本人が政治音痴であるのは、政治哲学がないからである。それは、個人の哲学を問題にしないからである。
国策により英語だけでも考えることのできる日本人を育てる努力が必要である。
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Professor Terashima is an accomplished scientist but also an acutely observant philosopher and sociologist whose critical ideas are deeply penetrating. What he writes will give his readers much cause for reflection. His contribution is that he articulates through carefully structured analysis what the Japanese have for a while but only vaguely suspected about themselves.
沖縄県立芸術大学教授 A. P. Jenkins
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/index.htm
and
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