梅雨の晴れ間の10日(土)に、それっとばかりに日川に行った。今年2回目だ。何人かの釣友を誘ったが、みな仕事や用事があって、今回も単独での釣りになった。 晴れていて、この1450メートル地点の空気は爽やかで気持ちが良かった。ただし、川の水位は前日に降った雨の影響でかなり高かった。すずらんペンションで旨い焼きそばを食べ、前回と同じ場所に入った。この区間には一カ所だけ釣りやすい流れがあって、そこに着いて、本番を目の前にして石に腰掛けて一服していると、上流側から釣り人が降りてきたのには驚いた。彼は5-6メートルの長い竿を持っていた。そして、僕が楽しみにしていた場所で釣ろうとしたのだった。僕は立ち上がって 「だめだめ、ここは僕が先に来たんだから。僕の下流に行ってくれ」 というと、割に簡単に彼は引き下がった。よく聞き取れなかったが、やめてあがりますと言ったようで、彼は上流に向かっていった。僕はホッとして、ふたたび石に座り、場を休ませることにした。しかし、驚いたなあ、渓流を釣り下るなんて。まてよ、彼は僕が釣ろうとしていた場所で釣りたかったんじゃないかと思った。そう言えば、彼は川沿いに歩いてまっすぐにここに降りてきたのだから。あぶない所だった。僕の到着が5分遅れていたらと思うとゾッとした。 そして、僕は落ち着いてその場所を丹念に釣り、2匹のイワナを手にした。その後釣り上がったが、反応はまったくなかった。 ある場所で若いカップルが川岸沿いの原っぱに居た。男の方がじっと僕を見ていた。女性のほうはすこし離れてブラブラしていた。僕は釣り上がりながら彼の前を通り過ぎ、支流が合流し、複雑な流れを形成しているところに来た。合流部の上手の深みが良さそうなイワナのポイントだったので、極力近づいて、ポイントの真上からフライを落とすと、水しぶきをあげてフライが消え、小さなイワナが釣れた。男が近づいてきた。 「お見事です!ちょっとチョウチン釣り風ですね。」 「釣り方を見られちゃったなあ。僕の釣り方はフライとテンカラのミックスだからね。両方の良い点を使うことにしてるんだよ。」 「もうだいぶ長くやってらっしゃるんですか?」 「うん、そうね・・・、かれこれ30年かな」 「おお、道具もすごいですね。バンブーロッドですね」 「ほお、おタクもフライをやるようだね。このバンブーはね、アンティークなんだよ。」 どうやら彼氏は釣り好きらしい。この竿は1950年代に作られたウィンストンのリートル・フェラー、7フィートであった。とても良い竿で、僕の愛竿になりそうである。竿の自慢をしてもわかるほどのベテランではなさそうなので、僕は黙っていた。竿はさておき、彼は僕の釣りをずっと見ていたので、この間、彼女はほったらかしにされていたわけだ。ま、よくあるパターンである。彼の人生だ、上手にやってくれ、と思う。 すずらんに戻ると奥さんがお茶を出してくれる。僕は川の状況次第で、その日はすずらんに泊まろうと思っていた。そこで奥さんに 「今晩泊まりたいんですが、空いてますかね?」 と聞くと、ちょっと待ってくださいと言いながらノートを見て、 「はい、大丈夫です。ベッドの部屋しか空いてませんが、それでいいですか?」 「和室のほうが良かったけど、ベッドでもいいですよ」 その後、下流部に入ってみたが、水が多くて釣りにならなかった。夕食の時間が決まっていたので早めに納竿しすずらんに戻る。先に風呂に入り、レストランへ行くと、席が決まっていて、お隣はW辺さんという白髪の中年の方だった。奥さんが我々二人を紹介してくれ、おかげでなごやかに話をしながらの夕食となった。僕は地酒の二合瓶を頼んだ。 僕はこの日、オーナーのF屋さんにおみやげとしてフライフィッシング用語辞典(初版)を持ってきていた。この本は新品ではないが、図書館キャラバンでの見本に使った物なので綺麗にしていて、いまでも数冊が残っていて、贈呈用に使っている。F屋さんも出てきてしばらく本の話、釣りの話になった。F屋さんは引き上げ、W辺さんと話すと、彼は僕より9歳も年下で、東京の区役所に勤めていて、子どもの頃からの虫好きで、このすずらんにも昔から来ていたそうだ。そうそう、このすずらんペンションは虫好きの宿であった。昆虫博物館もあるし、夜にはスクリーンで虫を集めていた。あの養老孟司さんも時々みえるらしい。虫の話なら僕もすこしはわかるので話はかなり盛り上がってしまった。 暗くなって裏庭のスクリーンを見に行ったら、たくさんの虫が来ていて、子どもたちに混じって大人も虫取りに来ていた。聞くとミヤマクワガタを狙っているそうだが、今晩は1匹も来ないとのことだった。 何となく愉快な気持ちで部屋に引き上げ、これまで読んでいなかったシェークスピアの「ハムレット」を読み始めたが、5ページほど読むと猛烈に眠くなり、爆睡した。 花は石碑の下に植えてあるコマクサ |