数日前、朝、自宅のドアを開けて外に出ると甘酸っぱい匂いがした。かいだことがある香りだった。もしかしたらと駐車場の横の花壇を見に行ってみると、匂いの源がわかった。スズランが咲いたばかりだった。
思えば、ボクが初めてスズランを見たのは昭和47年、札幌でのことだ。当時、ボクは北海道大学病院の脳神経外科に国内留学というかっこうで勤めていた。その時に、どこかのお宅の玄関脇に咲いているのを見たのだ。九州生まれの男が初めてスズランを見て、匂いをかいでスズランであることを確認したものだ。その後、家内が相模原の借家の庭に苗を植え、それを今の自宅に植え替えて増えていった。
北大に行った理由は、いくつかあったが、一番大きな理由は、当時の北大の脳外科の教授が”医学の封建制を改革しよう”と運動を起こしたボクたちを応援してくれたことだ。それにくわえて、九州生まれのボクには北の大地である北海道への憧れがあり、そのため北大を受験しようと思ったこともあった。国内留学の期間は6ヶ月と決められていたので、北海道の春を経験するために2月から8月までの6ヶ月を選んだのだった。
その半年間はキチガイのように忙しかったが、ボクは29歳と若く、新婚でもあり、仕事の合間に北海道を見て回ったものだ。
その、若き北大時代の思い出の一つがスズランというわけだ。ボクはどうも小さな花が好きらしい。小さくて、可憐な花がいい。
そしてこの日、庭のスズランを3本ほど折って車のダッシュボードに置くと、車の中に甘酸っぱい匂いがひろがって、気分良くクリニックに向かったのだった。