目の前に1冊の本がある。「毛鉤釣教壇」、金子正勝著、昭和16年(1941)釣之研究社発行の古い本だ。小さな本で、9.5×15.5×2.5cm、380ページで、片手に乗る。 この本は僕が「フライフィッシング用語辞典」を書いたときに購入して拾い読みをしたが、ちゃんとは読んでいなかった。今回、改めて読んでみて、内容のレベルの高さに驚いたので、紹介する次第だ。 僕は日本で初めてフライフィッシングを紹介したのは鈴木魚心さんだと思っていた。ところが、魚心さんが「フライフィッシング全科」(1974)を書いたときよりずっと前(30年以上前)に、この「毛鉤釣教壇」が出版されていたのだった。 つまり、この本は日本で初めて書かれたフライフィッシングの入門書であった。表現こそ古式ゆたかで、乾毛鉤、湿毛鉤、道糸(フライライン)、サキイト(リーダー)、投射-カアスティング、前投げ、横投射、スヰッチ投射、フイシ・ウインドーなどと書かれているが、その内容は驚くほどに実際的であり、金子氏が第一級のフライフィッシャーマンであったことがわかる。また、竿の選び方に始まって、絹の組紐を使ったフライラインの作り方、リールの選び方(ハーディ、ユニーカを愛用)、フライタイイングの方法、羽の選び方、ブラッドノットの結び方、さらには、キャスティングのコツ、ループのこと、川や湖での釣り方、鱒の話、水生昆虫のこと、釣りではドラッグを回避する重要性を詳しく述べ、口絵には折りたたみ式の大きな紙に63のフライパターンのカラー写真が掲載されている。おそらくだが、写真に出ているフライは金子氏自身が巻いた物だったのだろう。まさにこの本にはフライフィッシングのすべて-真髄が述べられていた。 この本を読むと、金子氏みずからが工夫してフライフィッシングをやっていたことがわかる。その先見性、創意工夫には畏敬の念を禁じ得ない。釣り場は奥日光湯川を愛して通っておられたようだ。、 「ウウム・・・」 僕はウナった。こんな人が居たんだ。日本におけるフライフィッシングの開祖とも言うべき人が。僕は自分の識見の低さを恥じた。鈴木魚心の名はあまりにも有名だが、金子正勝の名を知っている人は、おそらくわずかではないだろうか。これはフェアじゃないと思う。そこで、拙著「フライフィッシング用語辞典」に「金子正勝」「毛鉤釣教壇」の新たな項目をくわえることにした。実は用語辞典の原稿はファイルメーカープロというソフトに入れてあり、2005年に初版、2009年に改訂版を出した後にも、元原稿に少しずつ改定や書き加えをしてきている。そして今回、2項目が加わった。 ところが、金子正勝氏については謎だらけであった。どこに住んで、何歳でなくなったのか?本や雑誌にフライフィッシングのことはまったく書かれていない時代に金子氏はどうやってフライフィッシングを知ったのだろうか?誰からフライフィッシングを教わったのだろうか?イギリスに住んでいたのだろうかなど、疑問はつぎつぎに湧くが、知りようがない。 そこでフェイスブックの読者にお願いなのだが、金子正勝氏についてなんでもいいからご存知の事があったら教えてほしい。生年、死亡年、住んだところ、本来の職業などなど。 ところでこの「毛鉤釣教壇」だが、初版本は手に入りにくいが、昭和54年にはアテネ書房から復刻版が出ているので、「日本の古本屋」で頼めば入手可能だ。 |