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2015年07月05日(日) 

・>いまこそ、若い世代こそが政治の問題を真剣に考え、現実的なヴィジョンを打ち出さなければなりません。

ヴィジョンは、非現実の内容ではありませんか。日本人は非現実の内容を脳裏に蓄えることができないし、打ち出すこともできないでしょう。

・>私たちは、日本の自由民主主義の伝統を守るために、従来の政治的枠組みを越えたリベラル勢力の結集を求めます。

大同がリベラル勢力の結集には必要です。小異 (現実) をすてて、大同 (非現実) につく事を求めるのですか。日本人には大同の内容を考え、それを提案する力がないでしょうね。


閲覧数920 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/07/05 21:23
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2015年07月04日(土) 
・>日本国憲法は"誰がつくったか"が本質ではない。条文が示す、戦争放棄、戦力不保持、平和主義の理念を見つめるべき──そう、ネルソンさんは訴えるのである。昨今、護憲派の人々は、改憲派やネット右翼らから「脳内お花畑」とか「9条教」などと揶揄されている。しかし、ネルソンさんが9条をこれほど高く評価するのは、戦場で人を殺し、生還後もPTSDに苦しんできた自身の体験があるからだ。

何事も相手のあることである。戦争放棄、戦力不保持、平和主義の実行に現在の時点で相手の国の同意が得られるか。’自国さえ善ければ’ の独善では、この地球村はお花畑には変

閲覧数505 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/07/04 21:04
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2015年07月03日(金) 

・>作品では憲法に定められた国民の権利と義務について語り、「基本的人権があるからといって 何をしてもいいわけじゃない」(祖父)、「今の日本の憲法は個人主義的といえるのう」(曽祖父)、「国の安全に反してもワガママOKってこと!?」(母親)といったセリフもある。

考えは個人・個人で違っている。考え (非現実) は頭の中にある内容であり、現実は頭の外にある内容である。両者は同じにはならない。非現実の内容を文章にするには、時制 (tense) が必要であるが、日本語には時制がない。だが、英語にはある。だから、日本人は、頭の中の内容に辻褄を合わせ


閲覧数471 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/07/03 16:32
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2015年07月01日(水) 
・>45年4月、沖縄戦で上陸した米軍が住民を強制排除して占拠し、本土決戦のため普天間での滑走路建設に着手。つまり、元々そこに住んでいた住民たちは強制的に土地を奪われたのだ。

アメリカに対して飽くまでも「力」で決着を図ろうというのが、当時の我が国政府の方針であった。

沖縄戦の悲惨さは、本土決戦を少しでも遅らせるために、日本政府から徹底抗戦の場所として「捨て石」にされ、そのことが被害をより甚大なものにした事にある。

沖縄戦の前に降伏するか。さすれば沖縄は「捨て石」にならない。
沖縄戦の後で、本土決戦の前に降伏するか。さすれば沖縄だけが「捨

閲覧数1035 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/07/01 14:05
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2015年06月25日(木) 
全ての考えは、文章になる。文章にならないものは、考えではない。だから、ただ単語を並べても意味はない。文章を作れ。
西洋人は、文章が有れば、非現実の内容にも意味がある。しかし、文章を離れて勝手な解釈をすることには意味がない。
日本人には、非現実の内容を表す文章がない。しかし、人の声、鐘の声、虫の声などに対する勝手な解釈にも意味があると考えている。
'だって、本当にそう思ったのだから仕方がないではないか' とは、歌詠みの台詞か。気分・雰囲気を自分自身で勝手に捉える。俳句・和歌のようなものか。
日本人は、現実の内容以外は筋道を立てて捉えること

閲覧数600 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/06/25 14:10
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2015年06月22日(月) 
・>小林節慶大名誉教授は、今の安保関連法案の本質について「国際法上の戦争に参加することになる以上は戦争法だ」と断じ、平和安全法制と名付けた安倍晋三首相や政府の姿勢を「平和だ、安全だ、レッテル貼りだ、失礼だと言う方が失礼だ」と痛烈に批判した。
・>憲法や安全保障についての考え方が異なる3人の参考人だが、そろって問題視したのは閣議決定で認めた集団的自衛権の行使。集団的自衛権は「違憲」との見方を示し、憲法改正手続きを無視した形で推し進める安倍政権の手法を批判した。

全ての考えは、文章になる。文章にならないものは、考えではない。
日本人

閲覧数1009 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/06/22 22:39
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2015年06月15日(月) 
時代は進む。憲法改正は必要である。
和歌・俳句は文章でないから、勝手な解釈も許されるのかもしれないが、文章である憲法の内容の勝手な解釈は許されるものではない。日本人は、文章で考えを固定しようとするのではなく、解釈で考えの固定を解こうと解釈改憲を企てるのは大それたこと。これは国語の問題である。日本語の問題は、アメリカの圧力の下でも解決しない。

議論ができないから、議論は尽くせない。決議をしようとすれば、国論を二分したまま、数による決着しかない。議論の仕方を覚えることが大切。世界観を持つことが必要である。
民主主義と言いながら、民意を

閲覧数1083 カテゴリ日記 コメント7 投稿日時2015/06/15 02:37
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2015年06月11日(木) 

インド人には、時制が有るので、非現実の内容を考えることができる。
自己の瞑想をもとにして考えると、三千世界が見えてくる。彼らの世界観が宗教的になる。その内容は、世界の果てにまで展開できる。あんまり世界が多すぎて、心が一向に休まらない。何か解脱の方法はないものか。

英米人も、時制が有るので、非現実の内容を考えることができる。
自己の経験をもとにして考えると、非現実の内容が見えてくる。原子が互いに手を取り合って分子を作っている有様が見えてくる。彼らの世界観が科学的になる。その内容は、極微の世界から宇宙の果てまで展開でき


閲覧数900 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/06/11 15:10
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2015年06月03日(水) 
マルチン・ルーサー・キング・ジュニア (Martin Luther King Jr.) の1963年8月28日にリンカーン記念堂の前で行った 'I have a Dream' (私には夢がある) の演説は、1961年1月20日に行われたジョン・F・ケネディの大統領就任演説とともにアメリカを代表する名演説である。

日本人には、こうした名演説はできないであろう。それは何故か。それはメンタリティの問題である。
以下は、その演説の一説である。

・>I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed: "We hold these truths to be self-evident: that all men are created equal."
・>私には夢がある、つまりいつの日か、この国が立ち

閲覧数715 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/06/03 14:35
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2015年05月29日(金) 
人の考えは、さまざまである。
だから、国政は、一人の政治指導者に任せなくてはならない。他の人たちは彼の補佐役になる。
候補者が国政を任せられる人物かどうかが問題である。
未来の事は、やってみなければ分らない。仕事を任せる前に、候補者の適不適を見分ける選出方法はないものか。
それには、過去の問題を判断させてみるのが良い。
過去の政治に対する判断がリーズナブルであるならば、未来の事柄に対する判断も、やはりそのようになると考えられる。
歴史問題に関する判断に、あいまいな点があるようであれば、未来に関する判断も納得できるものと成らない可能性が

閲覧数1500 カテゴリ日記 コメント7 投稿日時2015/05/29 23:31
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