もう何年になるだろうか、伊豆大仁の釣友が田中山に居を移したのは。彼はその富士山が真正面に見える山の上の絶景の地に住み、まわりに人家がないのを幸い、大きな焚き火をしようと言い出した。K木氏は設計士であり、廃材や伐採した並木がほぼ無料で手に入るらしい。しかもトラックで送り届けてくれるそうだ。 焚き火は土曜の夜にやって、適当なものを焼いて食べ、かつ酒を飲んで、釣りの話をする。眼下には長岡・韮山の灯火が見え、さらには三島・沼津がきれいに見える。天気が良ければ富士山の姿も影絵のように見ることができる。 中年やもうちょっと歳が行った釣り人が言いたい放題にしゃべる。釣り具の自慢、釣った大魚の自慢はもとより、釣り有名人の噂ばなし、彼女の話、安物の話、医学の話、はやく言えば何でもアリである。女っけはふつうなしで、不思議にも下ネタはほとんどない。今回は京都、宇都宮などからも含め、合計10名が焚き火会に集まった。 僕は今回も旨い日本酒と相模原で手作りハム店をやっているクライフのベーコンとソーセージを持って行った。おみやげは自作のアマゴバッジ。見せびらかしにいくつかの釣り道具を持って行った。ラス・ピークがトム・モーガンのために作ったグラスロッド、トム・モーガンの3’9”#3のグラファイトロッド、ユーティス・エドワーズの7’6”#4-5のバンブーロッド、カスカペディア2のリール、シーマスター、バルデックス、ノッティンガムリールなど。 一番評判が良かったのはオルゴールだった。それは僕が1982年にスイスで買った物で、トーレンス製。3曲入っていて、ガボットのアマリリス、ドンフアンのメヌエット、モーツアルトのガボット。その時、一人でヨーロッパを旅行していたので、ホテルではこのオルゴールを聞くのが慰めだった。 1985年頃の事だったか、群馬県の野反湖にテントを担いで釣りに行ったことがあって、その時にこのオルゴールを持って行った。後に語りぐさになったすばらしい釣りの後、夕食後にそのオルゴールを鳴らすと、いちばん喜んだのが京都のK氏だった。惚れ込むほどの気に入りようで、何度も何度も聞いていた。あげくのはて、 「僕、とっても気に入りました。僕欲しいです。譲ってください。」 と言い出したのには驚いた。初対面なのに何だこの男はと思ったのを覚えている。 その彼も今回の焚き火会に来ていた。彼は感激して、また何度も聞いていた。そして20年以上経って、再び譲ってくださいと言い出したのだった。僕がダメだと言うと、今度は貸してください、と言う。僕はあぶないなと思いながらも、彼のあまりの執拗さに押されて、うん、それならいいか、だが、半年だぞと念を押した。その後も飲み会が続いて、あるとき、K氏が、おかしいです、壊れたみたいです、と言ってオルゴールを持ってきた。調べて見ると、ロック機構がおかしくなっていた。しようがないね、鎌倉にオルゴールの修理をしている所を知っているから、そこに頼もう、と僕は言い、彼に渡さなくてもよくなって僕はやや安心したものだった。 いやあ、人の執着心というのは恐ろしいもんだね。だけどよっぽど彼の心に響いてくるものがあったんだろうなあ。あげてもいいような気もするが、僕にとっても大事な思い出の品物だし、難しいなあ。 |