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やっとトルストイの不朽の名著「アンナ・カレーニナ(1877年出版)」(北御門二郎訳)を読み終わった。冒頭はことに有名で、 ”およそ幸福な家庭はみな似たりよったりのものであるが、不幸な家庭はみなそれぞれに不幸である。” 上下巻あわせて935ページの長編だが、長年月にわたるお話しではない。せいぜい2-3年くらいのスパンのお話だ。つまり、それぞれの状況や心の動きがきわめて詳細にていねいに書かれているので長くなっているわけだ。その分、とてもリアリティーを伴っていると思う。話は絶世の美女であるアンナ・カレーニナの不倫と自殺が中心になっているが、その話と平行に進められる田舎で実質的な生き方をしたレーウィンにトルストイは自分の分身をみているようだ。 と、簡単に書けばこうなるが、そうは単純ではない。人の愛増や生き方について、これほど深く掘り下げて描写した小説は他に類を見ないのではなかろうか。ボクは作中の誰に共感したか?アンナにも、ウロンスキーにも、そしてレーウィンに部分的(約20%)には共感したが、誰とも違うと思った。それにしても、緩やかだが、大きな、重い波が寄せてくるような読後感であった。偉大な小説であることは疑いようがない。 不思議なのは、小説がはじまるページの前に、ページの中央に書かれている言葉で、”復讐は我に在り、我これを報いん”である。なぜこの言葉が書かれているのかボクには理解できなかった。これは19世紀にこの本が書かれて以来の謎らしい。著者が読者になぞなぞをかけているわけである。この謎解きに挑戦したい方はこの本をお読みあれ。 |