1.全ての考えは文章になる。文章にならないものは考えではない。2.文章には意味がある。矛盾を含んでいる場合もある。矛盾のない文章だけが正しい考えを示している。3.日本語には時制がない。実況放送・現状報告の内容が日本語の文章になる。過去と未来の内容は文章にならないので、夢 (未来) と幻 (過去) になる。考えにならないから雑念である。意味もなければ矛盾もない。4.日本人の脳裏では、文章のない過去の内容は疾く風化する。文章のない未来の内容は想定外となる。保持したい内容は語り部に任されていて、実況放送・現状報告の内容として伝えられる。5. 現実の (五感から得られる) 世界は、眼前の世界であって、考えでは変わらない。物事は過不足なく成り立っている。6. 過去の世界は遠い過去まで続いている。未来の世界は遠い未来まで続いている。過去も未来も非現実の (五感からでは得られない) 世界であって、実感がない。考え方により変わりうる世界である。だから、学問も考えにより進歩する。7.意思は未来時制の文章内容である。8.日本語には時制がなく、未来時制もない。それで、日本人には意思がない。意思薄弱に見える。意思がないので、意思疎通は図れない。低次元・アニマル風に以心伝心でやる。犬も行う阿吽の呼吸を得意としている。9.意思があれば罪 (加害者意識) もある。意思がなければ罪もない。日本人には受動があって、能動がない。被害があって加害がない。被害者意識の人間ばかりになる。浪花節がはやる。10.夢 (未来の内容) があれば希望もある。夢がなければ希望もない。未来時制の無い所には夢がなくて諦観がある。11.意思のあるところに方法はある。(Where there’s a will, there’s a way). 意思のないところに方法はない。無為無策で座して死を待つ悲劇が多い。生きる力がない。12.日本人もアニマルも恣意により行動している。よく考えて (過去時制の文章を参照し、未来時制の文章を作って) の行動ではない。13.意思は文章になる。意思による行為には筋の通った説明責任が果たせる。恣意は文章にならない。恣意による行為には説明責任が果たせない。だから、とかくこの世は無責任となる。14.意思の自由は尊ばれる。だが、恣意の自由は滅私の制裁を受ける。自由のはき違えだからである。不自由を常と思えば不足なし。意思は開かれた議会で示される。恣意は密室の談合で示される。15.気分・雰囲気・感傷の表現は俳句・和歌にも取り入れられて、日本人に尊ばれている。だが、趣味の内容は論拠にはならない。(There is no accounting for tastes).16.リーズン (理性・理由・適当) のある個人は、理性判断ができる。リーズナブルな答えを出すことが出来るので、信頼できる。17.責任とは、自己の意思により現実対応することである。優れた意思を持つ個人にパワー (権力) を与えれば、理想社会・未来世界の建設も加速される。18.意思がない個人には責任を負わせられない。このことを無視して責任者を決めると、アニマルに責任を負わせるような残酷なものになる。18.日本語には階称 (言葉づかい) があるから、上と見るか・下と見るかの考えが一般的である。上下判断を優先すると、理性判断が疎かになる。19.世界観を持ち、未来社会に関する建設的な提案を行う。さもなければ、あてもなく不毛の議論を続けることになる。20.日本人には、この世があってあの世がない。現実の修繕・改善があって、未来の創造・建設がない。21.序列といっても、日本人の序率は理性判断に基づく序列づくりではない。世俗の序列を参照しての序列判断である。世俗 (現実) が変われば、判断結果も変わる。自己の世界観を基準にした判断がない。http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/ http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/