‘仕方がない’ とはあきらめの言葉である。
‘仕方がない’ とはやり方のないことである。
いったい、やり方はどこにあるのか。
意思のあるところにやり方はある。Where there’s a will, there’s a way.
意思は未来時制の文章内容である。
日本語には時制がない。それで、日本人には未来時制もない。
未来時制がなければ意思もない。意志薄弱に見える。
意思のないところにはやり方もない。
‘ああでもなければ、こうでもない’ という。
文章がなければ、文脈もない。だから、消去法ばかりになる。不毛の議論になる。
危機に及んで無為無策でいる。やり方がないからである。
座して死を待つ。あっぱれな最期か。精神主義か。
カレル・ヴァン・ウォルフレン (Karel van Wolferen) は、<日本/権力構造の謎> (The Enigma of Japanese Power) の<日本語文庫新版への序文>の中で下記の段落のように述べています。
、、、、、日本の政治を語るうえで欠かせない表現の一つである「仕方がない」という言葉を放逐することに、本書がいささかなりとも役立てばと願っている。本書は、本当の意味での政治参加をさせまいとして日本に広く作用する力について詳述している。この力こそは、個々人の、市民になろうとする決意と、有効に機能する民主主義を守ろうという意志を弱めるものである。日本に作用するこの力は、独裁政権があってそこからくり出されてくるのではない。それは日本の社会環境のあらゆる場所から発現する。、、、、、この力こそが、多くの日本人が身をおく境遇に対して唯一、適当な対応は「仕方がない」とうけいれることだと思わせるのである。(引用終わり)
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/