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・> 先に私は、自由とか人権とかの理念が現在ではほとんど抵抗なしに日本人に受け入れられていると言った。この「抵抗なしに」が、今の私にはかえって恐い。日本人はとかく自分より高い文明をもっていると思われる外国のものを「抵抗なしに」受容する。 有難いお題目のようなものか。日本人は、向上心があるので上のものを求めている。 自由とは、意思の自由のことでしょう。日本人には意思が無い。意思は未来時制のセンテンスで、日本語には未来時制が無い。だから、日本人には意思が無い。無意志であることは自由・不自由の次元を超えている。不自由を常と思えば不足なし … [続きを読む] |
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フランク・ギブニーは、<人は城、人は石垣> の中で下記のごとく述べています。 日本は外国人に話しかけられ、外国人と一緒に暮らし、外国人の前でもリラックスし、外国人と議論し、外国人の熱意をかきたてることができる人間を必要とする。 、、、、世界とコミュニケーションする能力を発見ないし再発見できれば、日本にとっても、世界にとっても、そのプラスは価値観と基準の変化による国内の一時的な混乱をはるかに上回ろう。もしも日本社会の団結性、信頼性、仕事熱、忠誠心が翻訳でき、もしもそれらが日本のユニークな価値観を世界に説明するとともに投射できれば、 … [続きを読む] |
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・>戦争を知らない教員たちからのメッセージ ・>日本は敗戦70年を迎えました。かつて「大日本帝国」の時代、この国は他国を侵略し、1931年からは、いわゆる「15年戦争」を引き起こし、アジアの諸国民と連合国に甚大な被害を与え、多くの人命を奪いました。そしてこの国自身も深く傷つき、壊滅的敗北に至りました。 負の遺産は、真のマイナスにはならない。我々に学習の機会を与える。学ぶべきもののない国民に比べたら大いに恵まれている。 ・>私たちは戦後生まれの戦争を体験したことのない教員です。しかし、私たちは内外の戦争体験者の証言や戦後補償の訴え、文献や戦 … [続きを読む] |
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・> さて、このたびのオリンピック騒ぎである。 ・> 表無しとはよく言ったものだ。 ・> このくには、裏ばかり発達して、もうすでに、数億も無駄、損失が出ている。 意思を示せば当事者になる。示さなければ傍観者にとどまる。 日本人には意思が無い。だが、恣意 (私意・我がまま・身勝手)がある。 意思は未来時制のセンテンスであり意味というものがあるが、恣意はバラバラな単語であって意味がない。 それを口に出すのも恥ずかしい。だから裏で言う。表に出すものは何もない。 ・> 何も決まらぬうちに、さっさと旧国立競技場をとりこわし、さてそれから、生ガキだかヘ … [続きを読む] |
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・> 翁長雄志(おながたけし)知事「戦後の土地の強制収用が原点」 ・> 菅義偉官房長官「賛同できない。戦後は日本全国、悲惨な中で皆が大変苦労して平和な国を築いた」 ・> 翁長氏「戦後、普天間の住民がいない間に強制収用されて造られた基地だ。危険になり老朽化したから(代替基地を)出せというのは理不尽だ」 ・> 菅氏「沖縄県には米軍基地が非常に多い」「努力を一つひとつ積み重ねて沖縄県民の期待に応えたい」 沖縄は安全か、それとも危険な土地か。 安全のない土地には価値が無い。住民は命からがら逃げてゆく。 自民党と沖縄県知事には、小異があっても大 … [続きを読む] |
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【荒木貞夫氏(陸軍大将)】曰く、 ・> 「(米軍が戦争に)勝ったと僕は言わせないです。まだやって勝つか、負けるか、分からんですよ。あの時に(米軍が日本本土に)上陸してごらんなさい…彼らは(日本上陸作戦の)計画を発表しているもんね。九州、とにかくやったならば、血は流したかもしれんけど、惨たんたる光景を、敵軍が私は受けたと思いますね。そういうことでもって、終戦になったんでしょう」 負けじ魂か。彼の洞察力か、妄想か。 ・> 「だから、敗戦とは言ってないよ。終戦と言っとる。それを文士やら何やらがやせ我慢をして終戦なんと言わんで、『敗戦じ … [続きを読む] |
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【鈴木貞一氏(陸軍中将、戦時中は内閣顧問)】曰く、 ・>「戦争責任を考える上については、やっぱり国民のね、政治的な、その何と言うか、責任と言うかね。もし、国民が戦争を本当に欲しないというそれが、政治の上に強く反映しておれば、そうできないわけなんだ。だから、僕は政治家の力が足りないと。足りなかったと。もしも、戦争が誤りであるとすればだよ、その誤りを直すだけの政治の力が足りなかったと」「政治の力が足りないということは、何かと言うと、国民の政治力が、すなわち、政治家は一人で立っているんじゃないわけだからね。国民の基盤の上に立っているん … [続きを読む] |
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・>「作られた言葉ではなく、刷り込まれた意味でもなく、他人の声ではない私の意思を、私の言葉で、私の声で主張することにこそ、意味があると思っています。私は私の自由と権利を守るために、意思表示することを恥じません。そして、そのことこそが私の〈不断の努力〉であることを信じます」 非現実の内容を語るためには、言葉を作らなくてはならない。自由だとか、権利だとか、、、、 序列競争を勝ち抜くために、人生の早期から刷り込み教育を行うことが得策となっているでしょう。 他人の声を復唱するのが日本人の本来の教育になっていた。素読など、今はどうなっている … [続きを読む] |
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・> 日本がなぜ戦争したかは、新国立競技場問題が教えてくれる[橘玲の日々刻々] ・> 政治学者の丸山真男はこの皇太子狙撃事件を例にあげて、日本社会の特徴は範囲の定めのない無限責任にあると論じました。いったん不吉なことが起きると、関係する全員がなんらかの“けがれ”を負い、批判の矢面に立たされるのです。 日本人には ‘意思’ が無い。意思は未来時制のセンテンスであるが、日本語には ’時制’ (過去・現在・未来のセンテンスの区別) が無い。意思の内容は、個人個人で違っている。だから、問うてみなければわからない。意思が無ければ、利己主義はあっても … [続きを読む] |
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いつの時代にも、意思の表明は大切である。 意思のあるところに方法はある。(Where there’s a will, there’s a way).と言われているが、意思が無ければ、無為無策で居る。座して死を待つしかない。 このことを司馬遼太郎は、<十六の話>に納められた「なによりも国語」の中で、バラバラな単語でない文章の重要性として強調している。 「国語力を養う基本は、いかなる場合でも、『文章にして語れ』ということである。水、といえば水をもってきてもらえるような言語環境 (つまり単語のやりとりだけで意思が通じ合う環境) では、国語力は育たない。、、、、、、長いセンテンスをきっちり言 … [続きを読む] |
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