僕はこれまで不思議な体験をしたことが一度もない。まったくというわけじゃないが、”ほぼない”と言い切っていいだろう。僕の場合〈自分の目で見ないことには信じないことにしている〉わけだが、いろんな人と話していると、科学的に説明のつかない不思議な体験をしている人が少なくないようだ。 そんな心霊現象不信論者の僕に不思議なことが起こったのである。 最近、「ゲド戦記」というファンタジー物語を読んだ。ル=グウィン著、清水真砂子訳、岩波書店2006/6出版。読んだのは全6巻のうちの第1巻「影との戦い」。その題辞には ことばは沈黙に 光は闇に 生は死の中にこそあるものなれ 飛翔せるタカの 虚空にこそ輝ける如くに -エアの創造- とあり、しゃれた導入に嬉しくなったものだ。 翻訳は上質だし、話はおもしろく、主人公ゲドの苦難や成長を読み進めた。物語の舞台になるのはアースシーという多島の国で、ゲドはゴント島で生まれ、ローク島の魔法使い学院で学び、ペンダー島に行って竜と戦う。本の冒頭には地図があって、それぞれの島の名が書いてあり、読み進むとともに僕はゲドが行った島をその地図上で探し、島の名には赤鉛筆でアンダーラインを引いた。読み終わったときには10個ほどの赤いアンダーラインが引かれていた。 本を読み終わった後、同名のアニメを見てフェイスブックに感想を書いたりした。その時に本を見返し、冒頭に出ている地図を見てみると、赤いアンダーラインが消えていたのだった!地図は以前と同じようにそこにあるんだが、僕が引いた赤いアンダーラインが見当たらない!信じられなかった。赤鉛筆は昔から愛用している三菱のバーミリオン770であり、自然に消えるはずはないし、書いた字を消しゴムで消そうと思えば消せるが、多少の跡は残る。地図をためつすがめつ観察したが、地図は印刷のままであり、書き込みはまったくない状態であった。本に別の地図があったのかもしれないと思い、何度も探してみたが、アースシー全体の地図はそれ一つであった。同じ本が2冊あったとすると、他方に書き込みをしていた可能性もあるが、今回その可能性はゼロだった。「ゲド戦記」全6巻をいちどに買い、そのうちの第1巻なので、1冊しかないはずなのである。 僕は、いま、混乱している。ちかごろ物忘れが激しくなっているし、もしかしたら赤いアンダーラインを入れたつもりだったが、実はそんな作業はやっていなかった可能性もあるのかもしれない。だが、それは絶対ない!本を読み進めて新しい島名が出てくるたびに、冒頭の地図を開いて島を探し、見つけては赤鉛筆でアンダーラインを書き込み、書き込んだ感触さえもよく覚えているのだから。 魔法使いを扱ったファンタジーなので、本に魔力がはたらいて、書き込んだ字を消してしまったのだろうか?そんなことまで思いたくなった。 前にも書いたが、どこかで他の本とすり替わった可能性は、科学的推論のひとつとして、残されるだろう。僕が赤いアンダーラインの書き込みをした本と、まったく書き込みの無い本がすり替わってしまった可能性だ。だが、その可能性はきわめて低い。この本を持って外に出たことは1-2度あるが、蕎麦屋と中華料理屋に昼食に行っただけであり、いずれも一人で外食したので、他の本とすり替わるチャンスはなかったはずだ。 いま僕は「すりかえの術」や「めくらましの術」をかけられているんだろうか?そうだとしたら、その術をいったい誰が何のためにかけたというのか??? まことにもって奇妙というか、白昼夢といおうか、魔法にかけられたと言おうか、ちょっと鳥肌がたつような、不思議な状態がいまも続いているのである。 |