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・>日本は米国に対する忠実・誠実さを過剰なほどに重視するが、国際政治関係に対応する機動力には欠けている。(上海誌の「新民週刊」より) 強制連行は小異。日中韓関係の悪循環を断ち切ることが大同である。小異 (現実)を捨てて、大同 (非現実) につく。ならぬ堪忍、するが堪忍。政治家でなくては、これはできないことである。我が国に有能な政治家は育っているか。非現実の内容 (理想) を現実の内容として実現できれば、それは偉大な人間の創造力である。 江戸時代に対馬藩は李氏朝鮮と江戸幕府の間に入って国書を偽造した。 国交回復により対朝鮮貿易は飛躍的に増大した。 … [続きを読む] |
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・ >ド・ゴールはフランスの偉大な愛国者だった。彼が58年に大統領に当選すると、フランスの右派は熱狂した。しかしド・ゴールがアルジェリアの独立を承認すると、右派支持層はド・ゴールを激烈に攻撃した。しかしアルジェリアとの戦争がフランスを滅ぼしていると認識したド・ゴールは、決然とアルジェリアから手を引いて新しいフランスの建設に着手した。安倍首相も侵略行為と慰安婦問題を悪意的に否認する歴史修正主義者などの要求を退けなければいけない。 … [続きを読む] |
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・>『学力は関係ない。ゆとり教育世代が批判されるのは、学力ではなくて社会常識が無い人間が多いからだ。』という批判もありますが、日本とは比べものにならないくらい詰め込み教育を推進している詰め込み教育大国の韓国でも、現在子どもたちが社会性がなさすぎて軍隊で適応できず、落ちこぼれたりひきこもりになる事例が続発して社会問題になっていますから、ゆとり教育世代であれ詰め込み教育であれ、常識に欠ける子供が増えたのはアジアの先進国においては共通の現象ではないか?と感じます。 … [続きを読む] |
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2014/9/9(火) 午後 11:31 [ ZERO ] nogatera氏コメント 【1】 日本語には時制がない。過去・現在・未来の世界を分けて考えることができない。 【2】 日本人には現実があって、非現実がない。非現実の内容は、現実の中の嘘となっている。 【3】 矛盾を交えて非現実の世界を話せば、空想・妄想の語り部となる。これらは雑念で価値はない。 【4】 あるべき姿 (非現実)の世界を構成できて、それを語れば哲学博士 (Doctor of Philosophy:Ph. D.)となる。 【5】 非現実の内容を、現実の世界で実現できれば、それは人間固有の創造力を発揮したことになる。 【6】 非現実の世界で過不足のない … [続きを読む] |
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日本語には、階称 (言葉遣い) が有る。'上とみるか、下とみるか' と考えて、 日本人は、序列を作る。序列人間は、立派な日本人である。国粋主義 (超国家主義) は一等国民を作った。 序列を外れた者は '非国民' である。村八分の憂き目にあう。それが恐ろしい。自分はどうしても、他と同じにならなくてはならない。 こうした励みが日本人の国造りの基本になっている。階称を持たないメンタリティの人たちには、こうした国体は甚だ迷惑である。島国根性で意義もない。必ず改めなくてはならない。我々は国造りの哲学を持たなくてはならない。 以下、'毎日新聞 2015/4/7' より 当時建立さ … [続きを読む] |
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文章があれば意味ある。意味が通らないのは矛盾が混入しているからである。矛盾を見つけて訂正すれば、正しい考えが得られる。 日本語を使うと、現実の内容には意味が通る。そのための構文があるからである。 目先・手先の内容は、この次元で処理できる。中等教育の段階で、我が国は技術立国になった。 日本語を使うと、非現実の内容には意味が通らない。そのための構文がないからである。 英語のように時制があれば、過去・現在・未来の文章内容ができ、非現実の内容を展開する世界観ができる。次の世に思いをはせる。希望に胸を膨らませる。 現実搭載用の構文に、非現実の … [続きを読む] |
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齢をとってくると、葬式の出席に忙しくなる。このような心境は、若いころには想像できなかった。友人が死ぬこと自体がほとんどなかったからである。今では友人・親族が次から次へと他界するので、次は自分の番かと、つい考えてしまう。生きながらえて、粗大ゴミになるか。それとも、早いこと見切りをつけてこの世におさらばするか。それが、問題である。'齢取った、齢取った' と、周囲のものから褒められているのや、落胆さてるのやら。 人が死ぬことを、'天国に旅立つ' と表現する。地獄に落ちる人はあまりいないようである。天国が、本当にあるのだろうか。なくても、人はつ … [続きを読む] |
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社会は、相手が存在してのことである。 未来社会の建設は、相手と相談して合意に達しなければならない。 '自分さえ善ければ' の修身教育では、対処できない。 '我々はどこに行くか。' これは、哲学の命題である。その答えは、非現実の内容である。 過去・現在・未来の中の未来の世界について尋ねているのである。これらの三世界は、時制から発生している。 時制が無ければ、このような哲学的な (非現実の)発想もない。 特亜三国 (日本・韓国・中国) の言語には、時制が無い。だから、北東アジアの民は、無哲学・能天気である。 '我々日本人は、どこにも行かない'。 'どこ' という … [続きを読む] |
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>シャーマン米国務次官は2015年2月27日、日本、中国、韓国が3月中に外相会談を開催するとした上で「首脳会談につながることが期待されている」と述ぺた。戦後70年に当たり、歴史問題をめぐる対立を解消し,3カ国が米国と足並みをそろえることが地域の発展にとり好ましとの考えも示した。ワシントンのシンクタンクで戦後70年をテーマに講演した。(引用終り) アメリカ人の行動指針は、'小異 (中傷) を捨てて大同 (哲学)につく' ことである。 特亜三国の言語には時制が無く、民の脳裏には世界観が無い。だから、世界の 'あるべき姿' が、発想できない。そして、大同が無いので小異を … [続きを読む] |
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