精神的な後遺症が残っています。
まさに『止まってくれっ!!』と祈るしかないあの引きは一種の麻薬かもしれません・・・。
社会復帰にはもう少し時間がかかりそうです。
それにしても、スティールの疾走をラインブレイク寸前でのやり取りで阻止するアンドリュの姿は、今でも頭から離れません。カッコよかったな~。
カナダの釣りから帰って1週間が経った。時差もとれ、日常生活にも戻っている。昨夜、爪を切っていたとき、右手の親指の爪に傷があるのに気がついた。 あれ、どうしたのかな、と一瞬思ったが、すぐにその理由に思い当たった。それは、フックの先をヤスリで研いで、その鋭さをチェックするときに右手の親指の爪に針先を刺した痕だった。針先を爪に立てて滑らなければ十分に鋭いので合格で、滑ったら研ぎ直しなのだ。 フライ・フックは今は研ぐ必要がないほど鋭い状態で販売されている。ドライフライ・フィッシングをしているときには針先を研ぐ必要はまったくない。だが、サケ釣りやスティールヘッド釣りではフライを川の底に流すので、底石に掛かって針先はすぐに鈍くなる。 そう、この爪の傷は釣り人がサケ・スティールヘッド釣りをしたことの勲章なのである。 他にも大物釣りはその後遺症を釣り人に残す。腕の筋肉痛もまだ残っているが、これも勲章みたいなもので、まったく苦痛ではない。むしろ、絶対的に嬉しい痛みである。 後遺症で問題になるのは精神的な部分だ。あの、大物のサケやスティールヘッドの引きはまことに強烈であり、人を狂わす力を持っている。ドラッグを最強にしていても一気にラインを引き出し、心臓はのど元までせり上がって、膝が震える。竿が折れそうなくらいに曲がり、それを支える腕には痛みが走る。それでも魚は奔り、止められず、途方に暮れ、止まってくれと祈るしかない。 この疾走はすべての価値を否定するだけの迫力がある。だから、その釣りから帰っても脳にはまだ釣りの興奮が残っていて、日常の雑事が入り込んでくるのを受け付けなくなってしまう。まさに狂った状態になってしまうから恐ろしい。社会復帰には時間がかかる。僕のようなベテランでもそうなんだから、若いS君やデイビッドは大変だろうな。今回の釣りが連中の人生を狂わせなければいいが・・・。いや、もう彼らはすでに狂っているのかもしれないが。そうであれば僕の罪はそれほど大きくはあるまい、と勝手に考えたりしている。 ここで、開高健が引用した中国の古諺を紹介しておこう。有名な諺だが、初めての人もおられるだろうから。 一時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。 三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。 八日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。 永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。 まことに釣りは恐ろしい。人を狂わせてしまう。 |