N居田君たちが今年最後の白馬釣行に行くというので、僕も参加した。彼らは断崖絶壁の渓流に行くそうだが、僕には無理なので、別メニューを考えた。どうせ土曜は午前中は仕事なので、お昼に出ても白馬に着くのは夕方になる。そこで、前回幻の大イワナを釣り損なったプールに夕方の１－２時間だけ行くことにした。日曜にはスケルトンイワナを釣りに行こう、と。　
　白馬に着いたのは午後５時頃だった。一人で堰堤下の釣り場に向かう。なに、この前も行ったのでちゃんと目的の堰堤下に着けると信じていた。原っぱに１本立っている木の３０メートルほど上から川に向かえばいい。生い茂るススキをかきわけて川に向かったが、道がない！藪の中を上流側に１０～２０メートル移動してみたが道にはぶつからなかった。おかしいなあと思い始めたが、間違っているはずがないと信じ込んでいたので、意を決して川に降りることにした。そして川伝いに上流に向かえばめざすプールに着けるはずなので、木が低く生い茂る川を苦労しながら上流に向かって遡行して行った。ところがである。行けども行けどもめざすプールに着かない。汗はしたたり、息は上がって、何度か休憩したものだ。途中、イワナの居そうないいプールもあったのだが、早く目的地に着かないと暗くなってしまう。ポイントにズカズカ立ち込んでツブシながら、上流をめざした。そして、やっとのこと、堰堤が見えたときにはホッとするやら、嬉しいやら・・・。
　午後５時４０分頃。釣り場では竿にラインを通し、ライズ待ちの体勢に入った。と、６～７メートル離れた対岸になにやら動くものがあった。茶色っぽいので猫かなと思っていたら、その動物は川に入ってきて、僕から５～６メートルしか離れていないところで水を飲み出した。それは狸であった。茶色の綺麗な毛が生えた、丸っこい獣で、目がまん丸で愛嬌があった。僕はすぐにカメラを取り出した。狸は水を飲み終わった後、ちょこちょこ歩いて、僕の居る側の岸にあがり、僕のほうを見た。一瞬、お互いの目が合った。そして、彼（彼女？）はすっと目をそらし、何事もなかったように川岸を登って藪に消えた。僕はかなり慌てていて、３回シャッターを切ったが、薄暗いこともあって、かろうじて２枚だけがなんとか写っていた。
　いやあ、遠くから狸を見たことはあったが、間近で、目が合ったなんて、初めてだった。僕が石に座ってじっとしていたので狸を怖がらせなかったんだろう。
　釣りのほうだが、ライズはほぼ真っ暗になった頃に一度あったきりだった。釣果は２５センチくらいのイワナとヤマメだった。ヤマメの方は幅広でやや婚姻色が入っているようだった。
　６時４０分頃、釣り終わり、道を通って簡単に原っぱまで帰った。で、車が見あたらない！そりゃあそうだ、川をずいぶん遡行したんだから。そして見ると１本の木が立っていた。先ほど見た木と同じような高さと枝振りだったが、幹が白っぽく、白樺のようだった。ああそうか、原っぱに単独で立っている木は２本あったのだ。下流側の木を僕は「目印」と思い込んでしまったことを理解したのだった。着替えて車に乗り、原っぱを下ると、上の木から４００メートルほど下に、その木はあった。なんと！！！僕は入り口を間違えて４００メートルも無駄な苦しい川歩きをしてしまったのだった。
　ペンション「フロンティア」に戻ると、皆、川から戻っていた。あまりいい釣果は得られなかったようだ。旨いイタリア料理を食い、ワインを飲んで、あとはお決まりの釣り談義。僕は持参の清酒「十四代」を皆にふるまった。白馬の山猿こと山田さんも座に加わり、狸の写真を見せると
「ほほー、よく撮れてますね。狸の写真はなかなか撮れないんですよ。これは貴重です！」と褒められた。
　短時間にいろんなことが起きた夕べだった。そこは北アルプスの山懐に包まれた自然豊かな土地なのであった。