2013/12/19 朝刊 花巻東(岩手)の小兵選手を注視する4万人の観衆がどよめいた。「ファウル打ちの名人」が一転して早打ち。過去3試合の感嘆とは明らかに違い、「どうしたのか」という驚き、戸惑いの表れだった。 8月21日の全国高校野球選手権大会準決勝。大会で最も小柄な156センチの千葉翔太が4打席であっさり凡退した。投手に投げさせたのはわずか10球。打撃内容が別人のように変わっていた。 準々決勝までの15打席は実に98球も投げさせた。際どいコースはカットしてファウルで粘り、甘く入ったボールは巧みに左右へ打ち分けた。定位置を確保するために身に付けた技術だった。 「打率よりも出塁が大事」。2番の役目として出塁を第一に心掛けていた。7安打5四球で出塁率は圧巻の8割。すっかり人気者となり、ファウルを打つたびにスタンドから起こるざわめき、どよめきは試合ごとに大きくなった。 千葉の打撃を一変させたのは準々決勝後、審判委員から花巻東側へ伝えられた一言だった。「あの打法はスリーバント失敗になる。次からはアウトにする」。高校野球特別規則の「バントの定義」に、意識的にファウルにするような「カット打法」が抵触するという。 突然の注意が悲劇を生んだ。小学生のような背中が、いつにも増して小さく見えた準決勝。ファウルは1球もなかった。「今までで一番悔しい試合。やりたいことができなかった」。自分の技術を否定された上にチームも敗れ、試合後は激情にかられた。過呼吸となり、声を発するのも困難なほど泣き崩れた。 「出塁すると、お客さんが盛り上がるのが分かった。スタンドの皆さんが自分の力になった」。悔いは残っただろう。ただ、信条とする「小さな体で大きな仕事」を十分に体現したプレーは、甲子園の大観衆の記憶に刻み込まれた。 (深世古峻一) |