〈オレンジ・スカッド〉
僕「できるだけドライフライで釣りたいんだけど、ライズはあるかなあ」
グレッグ「あると思うけど、今はドライフライのベストシーズンというわけじゃないから、けっこう難しいよ。今の時期、一番よく釣れるやり方はオレンジ・スカッドを使って鉛をかまし、インジケーターで釣るのがいいよ。ビッグホーンは藻が多いからスカッドが多いんだ」
僕「ちょっと分からないなあ。スカッドは日本でもよく使うんだけど、普通、深緑色か灰色のボディでフライを作るよ。そのほうが本物に近いと思うんだけど。どうして、オレンジなの?」
にたりと笑って、
グレッグ「オレンジ・スカッドは死んだスカッドに似せたパターンなんだ。スカッドは死ぬとピンク色になるんだよ。水の中をよく見てごらん、たくさん流れてくるから」
言われた通りに、しばらくボートから水の中を見ていたら、死んだスカッドが流れてきた。すくって手のひらに乗せてみると、白っぽいがわずかにピンクがかっていた。
僕「なるほどねえ、確かにピンク色だよ」
グレッグ「ほらね。それから、このオレンジ・スカッドで釣るときはデッドドリフトが大事なんだ。死んで流されているんだからね」
背景ーオレンジ・スカッドは日本語ではオレンジ色のヨコエビである。死んだ水生昆虫のパターンを使うなんて、僕にはこのような考え方が衝撃的だった。しかし、このフライで実際によく釣れたので、彼らの考えは正しかったのだ。僕には初耳だったのだが、もしかしたらすでによく知られている事かも知れないと思い、日本に帰って本や雑誌を調べてみた。すると、なかなか出ていなかったが、やっと1984年頃のモンタナの釣り具屋のカタログとティムコのカタログの最新版とフライの雑誌12号の坂口正夫氏の隣人のフライボックスの中で見つけた。その中では、ピンク・スカッドという名で出ていた。
日本の川や湖で、はたしてこのオレンジ・スカッドがどの程度有効か、という興味ある疑問が湧く。僕の限られた経験では、生きたスカッドのパターンでもけっこう有効だった、としか言いようがない。このフライを知らなかったので、日本国内で使った経験はまったくないわけだから。ただ、限られた川や湖の限られた状況下では有効かも知れない。
いままではフライを巻くとき、できるだけ生きた虫に似せよう、できれば動きの要素を持たせたい、というふうに考えてきたが、今回、死んだ虫に似せたフライを作るという発想の転換が、とても新鮮だった。matching the hatch(虫の羽化に合わせて)ならぬmatching the food(鱒の食料に合わせて)なのである。アメリカらしい実利主義の成せるわざか?
〈ファイブ・ダラー・ホール〉
グレッグと夕食を一緒に食べながらの会話。
僕「今日の十一時頃に釣った場所は良かったね。広々としていて、浅くて、水面はわずかに波だってゆっくり流れ、ライズしていて、しかも鱒がよく見えていた。鱒を見ながらライズを釣るなんて、コタえられなかったよ」
グレッグ「あそこはね、ファイブ・ダラー・ホールって言うんだ」
僕「へぇー、そうなの。何故そう言うのかそのわけを知ってたら教えてほしいね」
グレッグ「それはね、このフォートスミスでビッグホーン川の釣りのガイド会 社を始めたのはマイクなんだが、彼は当時、地元の釣り人からビッグホーン川の好釣り場(ポイント)の情報を集めたんだ。その時、ある釣り人は『5ドル出せば、その場所を教えるよ』と言ったので、マイクは彼に5ドル払ってそのポイントを教わったというわけさ」
僕「なるほどねえ。おもしろい話だね」
背景ーファイブ・ダラー・ホールは直訳すると5ドルポイントである。鱒がたくさん付いている良い釣り場のことを、英語ではホールholeと言うことが多い。本来は穴という意味なので、穴場といった感じか。なぜ、この事を日本語でポイントと言うのか、僕は知らない。あまり正しい英語の使い方じゃなさそうだ。ちなみに、この会話に続いて、10ドルポイントや20ドルポイントがあることを彼は話してくれた。10ドルポイントでも釣りをしたが、僕は5ドルポイントの方が広々として好きだった。
〈ワンフライ・コンテスト〉
リビングストンではジョージ・アンダーソンの釣具店を訪れた。いろいろ店内を物色していると、店のレジのすぐ横に、釣り人が鱒をランディングしている姿のブロンズ像が飾ってあった。
僕「このブロンズ像は何なの?売り物?」
店員はにっこりほほえんで、
「これはね、ジョージが去年ある釣り大会で優勝してもらったものだよ。ワンフライ・コンテストと言って、たった1個のフライで何匹鱒を釣るかの競技でジョージが優勝したんだ」
僕「本当に!それは面白い。ちょっとジョージにここに来てブロンズ像と一緒に写真におさまってくれるかどうか、聞いてみてよ」
しばらくして、奥からずんぐりしたまじめ一方の感じの男が出てきた。
僕「あなたがジョージ・アンダーソンですか?僕は・・・」
と自己紹介して、写真をとらせてもらえますかと聞くと、ジョージは〈いいとも〉と気軽に承諾してくれた。ことば数が少ないのがいい感じだった。
背景ー写真をとったあと、ジョージに頼んでその新聞の釣り大会の記事をコピーしてもらった。以下、その抜粋。
”先週の終末、ワイオミング州ジャクソンのスネーク・リバーで行なわれたワンフライ・フライフィッシング・トーナメントで、リビングストンのジョージ・アンダーソンは初めて出場したこの大会で、個人得点で大会記録の781点をあげ、自分のチームに優勝をもたらした。チーム全体の得点は1285点で、彼は半分以上の得点を一人であげたのである。
この大会のユニークな点は、釣り方はFFでフライを1個だけしか使えないこと。その1個のフライを失ったり、使えなくなったら、その時点で、その釣り人はその日の競技を終了しなければいけない。
大会には28チーム(1チーム4人)が出場し、金曜日と土曜日の2日間にわたり競技が行なわれた。
問題はどんなフライを使うかということだが、ほとんどの釣り人はドライフライを好んで使う。理由は、フライを沈めて釣ることも可能だが、ニンフだと川底にフライを引っかけて失う危険がある。それに対し、アンダーソンは今までの”常識”に反してニンフを使ったのだった。
彼の選んだフライはヤク・バグYuk Bugで、ライトブラウンのボディにラバーレッグを付けたものだった。ティペットは3X。インジケーターを付けるのが一般的だが、水が澄んでいたので、彼には鱒がフライをくわえるのがすべて見えたそうである。
競技の場所はスネーク・リバーの10マイルの区間で、釣る時間は一日8時間だけに限られている。釣りは遊びのはずなのだが、多くの選手は必死に釣りをして、昼食を取らない人もいた。アンダーソンは15分間だけ、ちゃんと昼食に時間を割いた。
金曜日、アンダーソンは46匹のカットスロートをキャッチ・アンド・リリースした。それは、294点を獲得したが、チーム成績としては第2位であった。その時のトップは地元の常勝チームのウエストバンク・アングラーズだった。
土曜日、天候は悪く、雨が降ったり雪が降ったりした。ドライフライを使った釣り人は死んだも同然だった。アンダーソンはこの日、ラバーレッグのブラウンストーンニンフを使い、78匹のカットスロートをランディングし、そのうちの1匹は19インチもあった。ちなみにスネーク川の鱒の平均サイズは8~12インチである。
この大会の収入は2万5千ドルであり、種々の釣りの目的および奨学金として使われる事になっている。”
(1989年9月18日付けジャクソン・ホール・ニューズ、筆者ーアル・クナウバー)
- つづく