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2016年06月02日(木) 

〈ライアーズ・デン Liar's Den〉
 スリーピーホローモーテルの母屋の裏側にはライアーズ・デンと銘打った小部屋がある。その意味は”嘘つきのたまり場”である。その部屋は、たたみ8畳敷きくらいの広さで、周囲の壁には釣りに関するものがところ挟しと飾ってある。部屋の一角にはフライ・タイイングデスクとマテリアルが置かれ、宿泊客はいつでも使ってよく、もちろん、無料。朝7時半から、この部屋で朝食が出る。部屋の中央にある大きめのテーブルにはコーヒー、オレンジジュース、牛乳、トースト、菓子パンなどが置いてあり、各自自由に取って食べる。
 つまり、一日一回、宿泊客はここで顔を会わせることになる。言い遅れたが、ここの宿泊客のほとんどが釣り人である。
 ある朝のこと。ラリーの奥さんが亡くなった後、一人ではモーテルをやっていけないので、手伝いにきてもらっているというシャーロットとの会話。
僕「おはよう、シャーロット」
シャーロット「おはよう」
僕「あれ、今日は少し疲れてるみたいだね」
シャーロット「そうなの、少し疲れてるの」
僕「それは良くないね。休まなくっちゃ。ところで、ウエストイエローストーンにはお医者さんは居るの?」
シャーロット「一人おられるけど、もう一つの町とかけもちだから、なかなか診てもらえないの」
そんな話をしながらコーヒーを飲んだり菓子パンを食べたりしていると、ラリーや他の宿泊客が朝食に集まってきた。
僕「今日、初めてヘンリーズ・フォークに行くんだ。釣れるといいな」
シャーロット「あら、それならラリーに聞いてみたら。いろいろ教えてくれるわよ」
僕「ラリー。僕たち、今日初めてヘンリーズ・フォークに行くんだけど、お勧めのフライはあるかい?」
ラリー「ある、ある。ちょうど昨日あたりからグリーンドレイクのハッチが始まったから、グリーンドレイクのイマージャーを使うといいよ」
 パターンブックをぱらぱらめくって、
ラリー「これこれ。マイク・ローソンのパターンなんだけど、これがよく釣れるんだ。ある時、このパターンで釣ってたら、本物のグリーンドレイクがたくさん流れて来るのに鱒は本物には見向きもしないで、僕のフライばかりを食ったんだ。おそらく、傷ついた(死にかかった)カゲロウと思ったんじゃないかな」
僕「ここは、ライアーズ・デンだからね!」 
皆、くすくす笑った。彼の面子を考え、僕はすかさず、
僕「ラリーの言っている意味はよく分かる。確かにそんな経験は僕にもあるよ。今日もそうなってくれるといいな」
ラリー「そうだね。このフライはマイクの店に必ずあるから、そこで買えるよ」

 背景ーライアーズ・デンとはおもしろい名を付けたもんだ。英語でフィッシング・ストーリーとかフィッシャーマンズ・ストーリーとか言うと、誇張やウソがたくさん混ざっていて、信頼性の低い話のことを言う。その辺からこの部屋の名がつけられたことは間違いない。
 ところで、ラリーとシャーロットはとても良いコンビに見える。似合いなのだ。我々がウエストイエローストーンを出発するとき、二人にさよならを言い、記念写真をとった。その時、ラリーがシャーロットの肩に手をまわして写ったツーショットが目の前にある。
 本当に似合いのカップルだ。おだやかなラリーと控えめなシャーロット。一緒になればいいのに、と勝手に思う。

                                                
〈朝日のあたる家〉
 明日は日本に帰るという最後の晩、遅くなって、夕食を食べるためにレストランをさがす。夜10時頃であり、たいていの店はもう終わっていて、教えられて行ったステージコウチイン(駅馬車荘)の地下のバーでやっとピザにありついた。そこは、ほの暗い照明の中にテーブルが10くらい置いてあって、ステージでは一人のフォーク歌手がギターを弾きながら歌っていた。 
  空腹に冷たいビールとこってりしたピザがうまかった。そのフォーク歌手は髭モジャでつばの広い帽子をかぶっていた。客のリクエストした歌が好きな歌の時はじっくり歌い、気に入らないと〈そんな歌のどこがいいの〉と冗談めかしてひとくさりケナして、それでも一応歌う。プロなのである。我々のリクエストの一曲目は朽木さんの希望でサウンド・オブ・サイレンスだった。
ポール「そいつはさっきやったんだけど。でも、お宅らはその時居なかったからね、いきましょう」
歌は、まあまあの出来だった。
 僕はビールが少しまわってほろ酔いの頭で、客のリクエストに対する彼の反応を観察し、どの曲をリクエストしたら彼が気を入れて歌うか、と考えてみた。
 彼は僕と同じくらいの年令らしい。ウッドストックに行ったかも知れない。そんなことを考えているうちに、僕はあの時代の雰囲気を思いだしていた。マーチン・ルーサー・キングが殺され、ヴェトナム戦争の真っ最中で、ボブ・ディランがいて、ジョーン・バエズがいて、世界中に嵐が吹き荒れていた。僕も嵐の中の一人だった・・・。
 そして、ついに彼に似合いの曲を思いついた。ウエイトレスに頼み、曲名を書いた紙を彼に渡してもらった。彼はおしゃべりの途中だったが、ウエイトレスの持ってきた紙を手に取るとちょっとの間見つめていた。そのあと、一~二曲歌った。ポケットを探ってやっと小銭を捜し出した僕は、ステージの方に歩いて行って、床に置いてあるビールのジョッキ(チップ入れ)にチップを入れた。
 その時、
ポール「ここで、ちょっと雰囲気を変えて、いま来たリクエスト曲を歌います」
と言い、聞き覚えのある前奏が始まった。テーブルに戻りかけていた僕は振り返り、右手でピストルの形を作って〈コレだよ〉と動作でポールに伝えた。お互いの目が合った。歌は、アニマルズの”朝日のあたる家”だった。
 それは、絶品だった!一度目は普通に歌い、二度目は彼のアレンジで自由に歌った。歌い終わったとき、満場の拍手と歓声が起こった。僕も少し酔っていて、”Yeah!”と大声で叫んでしまった。
 そこを出て、モーテルの方向に歩きながら思った。僕は彼の好みをヒットさせたのだ。しかも、シングル・ヒットなんかじゃない、ホームランだったようだ・・・。そして、次の瞬間、〈ヤツは俺と同じ時代を生きたんだ〉という揺るぎない確信がわき起こってきた。

                                                                  おわり

 


閲覧数838 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2016/06/02 20:03
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