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2015年07月01日(水) 
・>45年4月、沖縄戦で上陸した米軍が住民を強制排除して占拠し、本土決戦のため普天間での滑走路建設に着手。つまり、元々そこに住んでいた住民たちは強制的に土地を奪われたのだ。

アメリカに対して飽くまでも「力」で決着を図ろうというのが、当時の我が国政府の方針であった。

沖縄戦の悲惨さは、本土決戦を少しでも遅らせるために、日本政府から徹底抗戦の場所として「捨て石」にされ、そのことが被害をより甚大なものにした事にある。

沖縄戦の前に降伏するか。さすれば沖縄は「捨て石」にならない。
沖縄戦の後で、本土決戦の前に降伏するか。さすれば沖縄だけが「捨

閲覧数1021 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/07/01 14:05
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2015年06月25日(木) 
全ての考えは、文章になる。文章にならないものは、考えではない。だから、ただ単語を並べても意味はない。文章を作れ。
西洋人は、文章が有れば、非現実の内容にも意味がある。しかし、文章を離れて勝手な解釈をすることには意味がない。
日本人には、非現実の内容を表す文章がない。しかし、人の声、鐘の声、虫の声などに対する勝手な解釈にも意味があると考えている。
'だって、本当にそう思ったのだから仕方がないではないか' とは、歌詠みの台詞か。気分・雰囲気を自分自身で勝手に捉える。俳句・和歌のようなものか。
日本人は、現実の内容以外は筋道を立てて捉えること

閲覧数586 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/06/25 14:10
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2015年06月22日(月) 
・>小林節慶大名誉教授は、今の安保関連法案の本質について「国際法上の戦争に参加することになる以上は戦争法だ」と断じ、平和安全法制と名付けた安倍晋三首相や政府の姿勢を「平和だ、安全だ、レッテル貼りだ、失礼だと言う方が失礼だ」と痛烈に批判した。
・>憲法や安全保障についての考え方が異なる3人の参考人だが、そろって問題視したのは閣議決定で認めた集団的自衛権の行使。集団的自衛権は「違憲」との見方を示し、憲法改正手続きを無視した形で推し進める安倍政権の手法を批判した。

全ての考えは、文章になる。文章にならないものは、考えではない。
日本人

閲覧数997 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/06/22 22:39
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2015年06月15日(月) 
時代は進む。憲法改正は必要である。
和歌・俳句は文章でないから、勝手な解釈も許されるのかもしれないが、文章である憲法の内容の勝手な解釈は許されるものではない。日本人は、文章で考えを固定しようとするのではなく、解釈で考えの固定を解こうと解釈改憲を企てるのは大それたこと。これは国語の問題である。日本語の問題は、アメリカの圧力の下でも解決しない。

議論ができないから、議論は尽くせない。決議をしようとすれば、国論を二分したまま、数による決着しかない。議論の仕方を覚えることが大切。世界観を持つことが必要である。
民主主義と言いながら、民意を

閲覧数1047 カテゴリ日記 コメント7 投稿日時2015/06/15 02:37
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2015年06月11日(木) 

インド人には、時制が有るので、非現実の内容を考えることができる。
自己の瞑想をもとにして考えると、三千世界が見えてくる。彼らの世界観が宗教的になる。その内容は、世界の果てにまで展開できる。あんまり世界が多すぎて、心が一向に休まらない。何か解脱の方法はないものか。

英米人も、時制が有るので、非現実の内容を考えることができる。
自己の経験をもとにして考えると、非現実の内容が見えてくる。原子が互いに手を取り合って分子を作っている有様が見えてくる。彼らの世界観が科学的になる。その内容は、極微の世界から宇宙の果てまで展開でき


閲覧数887 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/06/11 15:10
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2015年06月03日(水) 
マルチン・ルーサー・キング・ジュニア (Martin Luther King Jr.) の1963年8月28日にリンカーン記念堂の前で行った 'I have a Dream' (私には夢がある) の演説は、1961年1月20日に行われたジョン・F・ケネディの大統領就任演説とともにアメリカを代表する名演説である。

日本人には、こうした名演説はできないであろう。それは何故か。それはメンタリティの問題である。
以下は、その演説の一説である。

・>I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed: "We hold these truths to be self-evident: that all men are created equal."
・>私には夢がある、つまりいつの日か、この国が立ち

閲覧数700 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/06/03 14:35
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2015年05月29日(金) 
人の考えは、さまざまである。
だから、国政は、一人の政治指導者に任せなくてはならない。他の人たちは彼の補佐役になる。
候補者が国政を任せられる人物かどうかが問題である。
未来の事は、やってみなければ分らない。仕事を任せる前に、候補者の適不適を見分ける選出方法はないものか。
それには、過去の問題を判断させてみるのが良い。
過去の政治に対する判断がリーズナブルであるならば、未来の事柄に対する判断も、やはりそのようになると考えられる。
歴史問題に関する判断に、あいまいな点があるようであれば、未来に関する判断も納得できるものと成らない可能性が

閲覧数1447 カテゴリ日記 コメント7 投稿日時2015/05/29 23:31
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2015年05月28日(木) 
我が国は戦後の荒廃から立ちなおって、経済大国になった。それから、漫画大国にもなった。今の日本人の生活があるのは、ひとえに日本語思考のおかげである。
日本語思考によると、細工物の仕上がりが良くなる。だから、海外でも日本の商品に人気が出て、我が国に金が入るといった仕組みに成っている。このようにして日本語が我々の生活に役立っている。

物質の豊かさは、世界中の人々が望むところだが、これでわれわれは満足してはいけない。憲法前文にも書いてあるように、我々は、国際社会於いて名誉ある地位を占めたいのであれば、それにはどうしたら良いかを考える必要

閲覧数782 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/05/28 11:45
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2015年05月26日(火) 
私は、国際交流協会の英会話クラスに仲間入りを始めて13年目になる。当時から振り返ってみると、その授業内容は次第に変化が出てきた。
はじめは、教師陣には外人の先生と、日本人の英語の先生の2名がいた。
そのうちに、日本人の英語の先生がいなくなった。'今言った英語の内容を、日本語に訳してください' という学生がいなくなったからである。英語教育における '日本人の英語教師' の価値は、ひとえに和訳にある。和訳が無ければ、授業に出る幕が無い。だから、要求がなければいなくなる。英語教育に和訳は必ずしも必要で無いのだから、日本人教師は必須ではない。我が国の

閲覧数693 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/05/26 02:55
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2015年05月23日(土) 
・>安倍晋三首相が今夏に発表する戦後70年談話に関する有識者会議「21世紀構想懇談会」(座長・西室泰三日本郵政社長)は22日、第5回会合を官邸で開き、中国や韓国との戦後の和解について議論した。

・>「いたずらに謝罪することを基調にするよりは、これから先を考えて、未来志向を決して崩さない」

温故知新である。過去に立脚しない未来への提案は信用されない。中韓はドイツ流謝罪を我が国に期待しているようであるが、ドイツ流は 'いたずらな謝罪' とはどこが違うのか。
未来志向の内容を相手に信用させる手段としては、過去に対する判断をして見せるのが早道

閲覧数940 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/05/23 10:13
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