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産経新聞 2013年1月15日付 夕刊 【天国での再会祈って】 阪神大震災をきっかけにともに暮らし始めた高齢カップルが兵庫県宝塚市にいた。2人は仮設住宅や復興住宅で仲むつまじい日々を送り、男性が平成18年、女性が昨年、いずれも101歳で亡くなった。ボランティア活動で2人と知り合い、最期をみとった同市の亀甲つぎこさん(64)は震災18年を前に「きっと天国で再開しているはず」思いをめぐらせている。 (行場竹彦) 《阪神大震災が結んだ高齢カップル》 2人は吉川竹雄さんと楠田周子さん、かつて宝塚市にあった遊園地の仕事などを通して知り合った。互いに連れ合いを亡くしており、家を行き来するようになったが、阪神大震災で互いのアパートも全壊。同じ避難所に身を寄せた。90歳と83歳のときだった。 席は入れなかったものの、仮設住宅に移る際は「一緒の方が抽選に当たりやすい」と同居を決め、復興住宅にも一緒に引っ越した。朝にはコーヒーを手に「きょうもよろしくお願いします」と乾杯し、連れだって買い物に行くなど仲むつまじく暮らした。 亀甲さんは仮設住宅を巡回するボランティア活動を通じ、2人と出合った。やがて週に2・3度訪れ、食事をともにするなど身内当然の付き合いをするようになった。「高齢の2人暮らしは大変だったろうに、互いをいたわり、どんどん絆を強めていった」と振り返る。 吉川さんが平成18年1月、老衰のため病院で亡くなった際、楠田さんはみとることができなかった。亡くなったことを伝えられると涙を流して悲しんだ。 生前、吉川さんから「楠田を頼む」と繰り返し言われていた亀甲さんは度々訪れた。 楠田さんは昨年10月29日、吉川さんと同じ101歳で亡くなった。息を引き取る直前、亀甲さんが手を握り、声をかけると楠田さんの目から涙がこぼれた。職員に「これは感謝の涙ですよ」と伝えられ、亀甲さんの目にも涙があふれた。 棺には2人の写真を数え切れないほど入れた。石川県に住む親族に引き取られた吉川さんと眠る墓は別だが、「きっと天国で再会しているはず」と信じる。 もうすぐ震災から18年。亀甲さんは「生き方を学ばせてもらった。私にとって宝物のような日々だった」と2人に語りかけている。 〈読者投稿〉 私の夫は若くして他界しました。亡くなる直前に夫は私に、自分が亡き後も、泣き暮らすのでなく、笑って幸せに暮らしてほしい。そう言いました。私は、はいはい、そうさせていただきますと、笑って答えたと記憶しています。それでも一人になった自分がもう一度幸せになることなど、許されない気がしていました。 今回、このお二人の記事を拝見して、私は夫が私に伝えたかった思いが何だったのかを感じとった気がしました。人は一人では生きられない。支えあい、励ましあい、仲むつまじく、守り守られ生きていく、だから私にも、また出会った縁をつないで生きていくのだよ・・・・。と。記事を読んだ後そんな夫の声が聞こえたような気がしました。それほどに私の心に温かな火を灯してくれた記事です。 佐々木恵美さん 48歳 兵庫県 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |