「苦労かけたなぁ、ご苦労さん」 第1作「男はつらいよ」から 寅さんは、懸命に生きている人に素直に「ご苦労さん」と言える人です。 寅さんは、袖すりあうも多生の縁を大切にして、出会った相手の話に耳を傾けます。「そうかい、大変だったねぇ」と。苦労はその人のものですが、寅さんは、相手の立場や気持ちに寄り添って「ご苦労さん」のことばをかけるのです。 第1作で、寅さん16歳で家出して以来、20年ぶりに葛飾柴又に帰ってきたのが、帝釈天題経寺の庚申の縁日でした。題経寺の記録によると、1969年4月15日の庚申の日に撮影されたそうです。 寅さんは、威勢よく纏を回しながら、参道を練り歩き、境内で御前様(笠智衆)、おばちゃん・つね(三崎千恵子)と再会を果たします。その夜、おいちゃん・竜造(森川伸)にも長らくのご無沙汰をわびます。そこで寅さんが「ところでナニはまだかい?」と気にかけているのは、妹・さくら(倍賞千恵子)のこと。ほどなく丸の内の一流会社で働くさくらが帰宅。最初は「この人誰なの?」といぶかしげですが、「お兄ちゃん」「そうよ、お兄ちゃんよ」と感動の再会となります。 以前、山田洋二監督から伺ったのですが、この「そうよ、お兄ちゃんよ」というせりふを、最初渥美さんは普通の調子で言ったそうです。そのティクを使った第1作の予告編を見ると確かにその通りです。しかしリハーサルを重ねていくうち、渥美さんが調子を変えて高い声で言ったのが、妙にハマってそれが採用されました。 ぼくはそのハイトーンが少年時代の少しおっちょこちょいの寅さんの性格を、見事に表現していると思います。調子づいたときの寅さんは、特にさくらに対して話すときに、 こうした口調がしばしばあります。 続いてさくらが「生きてたの?」と訊きます。立派な女性となった妹の姿に、彼女が苦労してきた歳月を思ったのか、寅さんは「苦労かけたなぁ、ご苦労さん」としか言えません。それが妹への精いっぱいの気持ちです。ここから寅さんと最愛の妹、さくらの26年間、48作に及ぶ長い長い物語が始まったのです。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |