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2014年06月19日(木) 

意思は、未来時制の内容である。日本語には時制がない。日本人には意思がない。
自由とは、意思の自由である。意思がなければ、自由も無い。
日本人には能動がなくて、受動がある。'戦争に巻き込まれる恐れがある'、といった具合に発想する。だから、態度がいつも小さくなっている。態度が大きくなれば、恣意 (私意・わがまま・身勝手) が出る。これは、自由のはき違えである。これでは困る。一般的に言って、日本人の能動は、恣意の行動と考えられている。長は何もしないのが一番の功績であると言われている。不自由を常と思えば不足なしか。日本人にはリーズン (理性


閲覧数777 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/06/19 02:29
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2014年06月12日(木) 

国際交流活動の一環として、私たちは英米人を座禅修行の場に案内している。ある時、一人の客が大層機嫌を悪くして、’どうして、殴らないで、ほめて教えられないか‘と私に尋ねる。導師は、’これは励ましである‘と説明する。だが、それでは彼女の納得は得られない。そこで、私は、’日本人は、教え方を知らないから、馬の調教のようにして教えるのです‘と説明したら納得してくれた。

診療所では本人確認のために、‘あなたの名前を教えてください’と毎回尋ねられる。告げることは、教えることを意味するのであろう。同様の意味で、わが国の教師は内容を告げる


閲覧数721 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/06/12 16:09
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2014年06月11日(水) 

私が4才の時に、大東亜戦争は始まった。5才、6才、7才と3年8か月戦って、8才の時に戦争にまけた。戦いには敗れたが、城主は切腹することもなく、城に火を放つこともなかった。古式ゆかしいことは何もなかった。私が子供なりに不思議に思ったことは、戦時中、わが軍が敵国の首都ワシントンに攻め上る方策をだれも語らないことであった。どうして、この戦争が決着するのかを国民に語らないで努力の方向がどうして決まるかであった。方策が明らかになれば、その成功・不成功も明らかになるが、一寸先が闇の状態では、事の成否は論じることはできない。暗中の模索ならぬ努力を求


閲覧数1156 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/06/11 00:15
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2014年06月04日(水) 

我が国の政治家たちは、結党と解党でいつも忙しく動いている。これが、政治に携わる者の真のすがたであると考えているのでろうか。'一億一心’とは昔のことか。これは、単なる気合の一致を表現したものか。無哲学・能天気でいては、未来に行き着く先が定まらない。つかみどころのない人間のあつまりのやるせなさである。理想は非現実であり一定しているが、現実は千変万化する。理想をもとにして人は大同団結するのが正常である。目的地がないのだから、政治家たちは小異を捨てる理由などなく、大同につくこともまた難しい。かくして、現実の小異に基づいた離合集散を繰り返

閲覧数656 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/06/04 23:19
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2014年06月01日(日) 


日本人には教養が足りない。大学進学率が50パーセントに達しているというのに、教養が身に付いていない。だから、実学である医学・医療の大学でも教養部が栄えない。情けないことに、2年間の教養課程を早く切り上げて、4年間の専門課程に進むのが、実利の勉強法であるとされている。
実学尊重は分からぬでもないが、虚学に相当する哲学のない高度の職業人には困ったものである。実数 (real number) は大切だと考えるが、虚数 (imaginary number) は考えられない人間のようなものか。
現実は実数で、非現実は虚数に相当する。現実の内容には辻褄が合わせられるが、非現実


閲覧数1145 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/06/01 05:07
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2014年05月15日(木) 

意思があれば、加害者意識 (罪の意識) も存在する。神の許しを請うことになる。無心であれば、神に関係が無い。無神論者の世界に安住している。真摯の反省にはいたらない。
特亜三国人には意思がない。特亜三国の言語には時制がなく、意思は未来時制の文章内容だからである。
無心の世界の住民に、贖罪の世界の住民のような真摯の反省が可能であろうか。可能であろうがなかろうが、隣国の韓国人・中国人は、それを日本人に心から望んでいるのが現実である。木によりて魚を求むが如し。身の程知らずにもほどがある。これでは、隣国との関係が悪くなること必定である


閲覧数1155 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/05/15 03:32
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2014年05月01日(木) 

現在の世の中に飽き足らず、次の世界に移住しようと考えるのは、楽しいことである。旅行するのではなくて、この世の中そのものを変えるのである。だから、“We can change!”(我々は、変革できる)と言う掛け声は、希望を持たせる発言である。
一体、どのような世の中に変えるのか。その答えは人・人により違う。その内容を思い思いに語ることは楽しいことであろうが、日本人にとっては非常に難しいことである。
各種の世界の内容を論ずることを世界観 (world view) と言う。日本人の世界は、唯一であるため、来るべき次の世を語ることは難しい。
インド人が、前世・現


閲覧数1916 カテゴリ日記 コメント2 投稿日時2014/05/01 11:28
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2014年04月27日(日) 

北東アジアの不安定要因は、人々のつたない考え方に起因していることが多い。

現在の内容は事実・現実である。
過去と未来の内容は想像・推測の産物である。だから、それらは非現実である。
現実の内容は個人による違いがない。だが、非現実の内容は人・人によって違っている。それをあたかも現実の内容のように話し、聞き手もまたそのように受け取っている。

過去と未来の内容に辻褄を合わせるためには、それぞれの文章が必要である。インド人ならば、前世・現世・来世となる。
現在・過去・未来の文章に分けるためには、時制が必要である。


閲覧数1944 カテゴリ日記 コメント2 投稿日時2014/04/27 02:35
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2014年04月18日(金) 

>ケリー氏は「日韓が過去にとらわれず前に進むことが米国の国益にもかなう」と結束を訴えた。

意思があれば罪もある。意思がなければ罪もない。
意思は未来時制の文章内容で、特亜 (日本・韓国・中国) の言語には、時制がない。だから、特亜の人には意思がなく、罪がない。
贖罪のための宗教はない。免罪符を求める人もない。言語に由来する困難は不可抗力のようにもみえる。
加害者意識 (罪の意識) はなくても、被害者意識はある。国内には怨恨が鬱積している。政治指導者は保身のために、自国にたまった怨恨を国外に向けようとしている。

加害者意


閲覧数1074 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/04/18 10:17
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2014年04月08日(火) 

閲覧数819 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/04/08 00:10
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