いいかい、恋なんてそんな生易しいもんじゃないぞ。 第10作『寅次郎夢枕』から この『寅次郎夢枕』が公開されたのは、1972年、ぼくが小学3年生の年末でした。このころ、すでに「男はつらいよ」に夢中だったぼくは、仕事納めの父と東銀座で待ち合わせをして、満員の松竹座で、待望の新作を観ました。 マドンナは八千草薫さんふんする志村千代。寅さんは幼なじみの彼女をお千代坊と呼んでいます。帝釈天参道で「アイリス」という、寅さん流にいえば、パーマネント屋を開業したばかり。寅さんのことを「寅ちゃん」と、幼いころの言い方で呼んだ数少ない女性です。 寅さんが旅から帰ってくると、とらやの二階に、東大理学部助教授の岡倉金之助先生(米倉斉加年)が下宿していて、寅さんは途端に不機嫌になります。ところが千代と再会するや態度がコロっと変わります。この変わり身の早さに、劇場は大きな笑いに包まれました。 寅さんは千代に恋をしてしまうのですが、純情な岡倉先生も彼女に一目ぼれ。今回のことばは、岡倉先生の気持ちを察した寅さんが、茶の間で語る、恋する男の気持ちです。 まさしく寅さんの「恋愛論」です。「『ねぇ、寅ちゃん、私のために死んでくれる?』と言われたら、ありがとうと言ってすぐ死ねる。それが恋というもんじゃないだろうか」。寅さんの恋愛への想いは、ことば通り、気持ちだけは命がけです。 自分はさておいて、岡倉先生の気持ちを、亀戸天神で千代に伝える寅さん。ところが意外のことに、千代は「寅ちゃんと一緒にいると、なんだか気持ちがホッとするの。寅ちゃんと話していると、ああ、私は生きているんだなぁって、そんな楽しい気持ちになるの」と、寅さんへの想いを告白します。 「寅ちゃんとなら、一緒に暮らしてもいい」と千代。そのストレートな物言いにドギマギして、尻込みする寅さん。先ほどの恋愛論はどこへやら。結局、二人はそのまま別れてしまいます。子供のころは、なんてもったいないことをと思いましたが、相手を想うことが、寅さんの愛であることに気づいたのは、はるか後、ぼくが大人になってからです。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |