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〈特別篇〉寅さんの“家族の”ことば・おばちゃんのことば お見舞いもらったり、お返ししたり、 どうして日本人はこんなめんどくさい事するんだろうね。 第38作『男はつらいよ知床旅情』から 寅さんには、三人の母親がいます。一人は、産みの母親・お菊(ミヤコ蝶々)。もう一人は、夫が芸者に産ませた子供にも関わらず、長男、そして長女のさくらと分け隔てなく愛情を注いでくれた育ての母親です。 しかし、育ての母も秀才の兄貴も早くに亡くなり、16歳で家を飛び出して以来、20年も故郷・柴又に帰らなかった寅さんにとって、もう一人の母親のような存在が、おばちゃんこと車つね(三崎千恵子)です。 寅さんにしてみれば、自分が家出をしている間に、幼かったさくらを立派に育てあげてくれた竜造とつね夫妻は、恩人であり大切な親代わりでもあります。 久しぶりに帰ってくればおばちゃんは「寅ちゃん」のために、腕によりをかけて「お芋の煮っ転がし」や、「がんもどきの煮たの」といった家庭料理を作ってくれます。寅さんが帰ってきて、おいちゃんやタコ社長は、ときには迷惑そうな顔をすることもありますが、おばちゃんは素直に喜んでくれるのです。 おばちゃんを演じた三崎千恵子さんは、東京の下町西巣鴨の青果問屋の生まれ。女学校を卒業後、日本橋のデパート白木屋に入社。寅さんの啖呵売(たんかばい)で「赤木屋、白木屋、黒木屋さんで、紅白粉つけたお姉ちゃんに」というフレーズがありますが、その白木屋さんです。そこでコーラス部に入ったことがきっかけで芸能界に入り、その俳優人生は順風満帆ではなかったそうですが、ご主人の俳優・宮坂将嘉(まさよし)さんと夫唱婦随で歩まれて来たエピソードを聞くにつれ、どうしても、おいちゃんとおばちゃんのイメージが重なります。「生活俳優」を目指し「私はダイコン役者」を口癖にしていた三崎さんのモットーは「らしくありたい」でした。 そのことば通り、三崎さんのおばちゃんには、柴又の団子屋の女将さんの生活感がありました。第38作『知床旅情』で、おいちゃんが入院したときのお見舞い返しについての、おばちゃんの何気ないことばに、ぼくらは「そうそう」と思わず頷いてしまいます。これこそ「生活俳優」三崎千恵子さんの独壇場です。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |