|
世の中なかなか公平にはいかないものだ。 第40作『男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日』から 2012年11月半ば、「男はつらいよ」フアンの方々と、長野へのロケ地巡りのバスツアーをしました。第40作『寅次郎サラダ記念日』の舞台となった、小諸市にある「こもろ寅さん会館」を訪問するためです。 渥美清さんが「小諸の父さん」と慕い、交流があった館長の井出勢可(せいか)さんが、10月に亡くなり、ご子息の竹弘さんにお目にかかることも旅の目的でした。「こもろ寅さん会館」は、渥美清さんが所有されていた「男はつらいよ」をはじめとする資料を勢可さんに託した資料館です。渥美さんの国民栄誉賞の賞状やテレビ草創期の出演作品の台本など、貴重な資料が保存、展示されていました。 ところが、井出さんの死去を機に、運営会社が解散し、現在休館中です。地元の有志の方々が再開に向け、奔走されています。ぼくも一日も早い再開を望んでいます。 さて『寅次郎サラダ記念日』が公開されたのは1988年12月です。山田洋次監督がおっしゃったように「3年に1歳ずつ」歳を重ねてきた寅さんは、バブル経済まっただ中、いささかアナクロという風にも思われていました。世の中は大きく変わっていました。 小諸駅前のバス停で、知り合ったおばあちゃん(鈴木光枝)の家に、寅さんが泊まって、しみじみと昔語りを聞きます。翌朝、小諸病院の医師・原田真知子(三田佳子)が、重病のおばあちゃんを入院させるために迎えに来ます。 寅さんの説得でなんとか入院する決意をしますが、家を離れるとき、おばあちゃんは「これが見納め」と両手を合わせます。 真知子は、医師として最後まで治療することと、人生の最期をどう迎えるかを選ぶのはその人の権利ではないか、と複雑な心境です。『寅次郎サラダ記念日』は、地域医療と終末医療をテーマにしたという点では、先進的な作品でもあります。 帰郷した寅さんは茶の間で小諸での事を話し、おいちゃん、おばちゃんは恵まれていると、「世の中なかなか公平にはいかない」と冗談まじりに言います。このことばには、一人で暮らすお年寄りへの山田監督の思いが込められています。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |