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2008年06月07日(土) 



丸山真男は、<現代政治の思想と行動・上巻> (1) において、以下のように述べています。

講和論議の際も今度の再軍備問題談話会のような考え方に対していちばん頻繁に向けられる非難は、「現実的でない」という言葉です。私はどうしてもこの際、私達日本人が通常に現実とか非現実とかいう場合の「現実」というのはどういう構造をもっているかということをよくつきとめて置く必要がうると思うのです。 、、、、、 (引用終り)

日本語には時制がない。それで、未来構文はない。過去構文もない。あるのは現実構文だけである。現実構文は現在時制の文


閲覧数776 カテゴリ日記 コメント1 投稿日時2008/06/07 13:34
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2008年06月07日(土) 



日本人には、意思がない。意思は英語においては未来時制の内容であるが、日本語には時制がない。だから、日本人の発言は、実況放送とか現状報告のような目先・手先に関する事柄になって、自分自身の構想にはならない。
日本人には、意思がない。意思がなければ責任感も湧かない。責任は、自己の意思の内容を駆使して果たすものだからである。
このような事情により、我が国おいては、いかなる責任者に関しても個人の責任をはっきりと結論づけることができない。つまり、日本人の同意というのは、意思のない個人がただ首を縦に振る動作にすぎない。これも、


閲覧数859 カテゴリ日記 コメント1 投稿日時2008/06/07 10:00
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2008年06月07日(土) 



自分にその意思がないのに仕事をしなければならなくなるのであれれば、仕方なくその仕事をすることになる。

丸山真男は、<現代政治の思想と行動・上巻> (1) において、以下のように述べています。

戦後まもなく「ニューズウィーク」に、日本人にとっては民主主義とは "It can't be helped" democracy だという皮肉な記事が載っていたことを覚えています。「仕方なしデモクラシー」なればこそ、その仕方なくさせている圧力が減れば、いわば「自働」的に逆コースに向うのでしょう。そうして仕方なし戦争放棄から今度は仕方なし再軍備へーーーーああ一体


閲覧数1304 カテゴリ日記 コメント1 投稿日時2008/06/07 04:17
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2008年06月06日(金) 



丸山真男は、<現代政治の思想と行動・上巻> (1) において、以下のように述べています。

、、、、、現実とはこの国では端的に既成事実と等置されます。現実的たれということは、既成事実に屈服せよということにほかなりません。現実が所与性と過去性においてだけ捉えられるとき、それは容易に諦観に転化します。「現実だから仕方がない」というふうに、現実はいつも、「仕方のない」過去なのです。、、、、、

日本人の考え方は、「現実を変える、動かす」のではなく、「現実だから仕方がない」である。現実を変えたり動かしたりするのは、意思の力


閲覧数838 カテゴリ日記 コメント1 投稿日時2008/06/06 18:06
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2008年06月05日(木) 



1. “日本人の発言は現実構文の内容だけになる.”

 われわれの求める正しい道「あるべき姿」は、未来構文の内容である。そして、日本語には時制がないから、未来構文はなくその内容もない。かくして、日本人には哲学が難しく、日本語は、実況放送・現状報告のための言葉となっている。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/newpage62.htm


2. “日本人は,議論の仕方を知らないので,英米人の言うなりになるか,反骨精神を貫くかである.”

 チャーチルの回顧録より例を引くと、

>日


閲覧数1057 カテゴリ日記 コメント1 投稿日時2008/06/05 22:31
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2008年05月31日(土) 



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> 英語教育
> 2008/05/30 17:20
> 英語を小学校からでも学ばせるべきだ、という。

極端な提案。言語の習得を効率的に行うには、必要性は欠かせない。
我が国で日本語を使って活躍している外国人たちも、小学校から日本語を学んだ人たちではない。

> しかし、語学というのは必要性が最も確実な誘因(インセンティブ)となる。
たとえ


閲覧数2316 カテゴリ日記 コメント5 投稿日時2008/05/31 09:31
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2008年05月29日(木) 



NBOnline 『危機感駆動型ニッポンの危機!?【続編】日本人の“無謬信仰”こそが閉塞の元凶だ』2008年3月21日 金曜日 竹中 正治
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080…19/150553/
の一部についてコメントを述べさせていただきます。

『無謬信仰が御上の論理に過ぎないのであれば、様々な失敗、失策の結果、とっくに信仰は瓦解しているだろう。ところが、政府や大企業の過ちを批判するマスコミや一般国民にも「御上(公共の責任を担うような大企業を含む)は本来無謬であるべきだ」という信仰


閲覧数1453 カテゴリ日記 コメント2 投稿日時2008/05/29 06:21
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2008年05月17日(土) 



議論とは,各人が自分の「あるべき姿」を表明して,その現実対応を考えることである.
つまり,各人が基準を示して,現実に改良の手を加えるわけである.
基準となる「あるべき姿」は,未来構文の内容である.個人による差異を表す作業である.
日本語には時制がないので,日本人の発言は現実構文の内容だけになる.没個性の根源である.
現実の内容にだけ神経を集中していては,横並びの比較しかできない.
基準となる「あるべき姿」は,日本人の脳裏に確たる姿を現すことはない.
「あるべき姿」がなくては,真の (アングロ・サクソン流の)


閲覧数3318 カテゴリ日記 コメント7 投稿日時2008/05/17 08:48
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2008年05月17日(土) 



陪審員制度は,我が国に定着するであろうか.
日本人は「良いと悪いの判断は難しい」という.
英米人は「良いと悪いの区別は誰にでもできる」という.
意思 (will) の存在が明らかになれば,善意 (good will) と悪意 (ill will) は区別できる.
善意の人が善人で,悪意の人が悪人である.
意思がなければ,善人と悪人の区別はできない.

意思は,未来構文の内容である.
ところが,日本語には時制 (現在・過去・未来の区別) がなく,未来構文はない.
だから,日本人には意思の表明が難しい.
そこで,日本人は,心のない物品の方に良し悪し


閲覧数813 カテゴリ日記 コメント1 投稿日時2008/05/17 08:45
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2008年05月17日(土) 



「空気の研究」を著した山本七平氏は、日本人社会の性格を端的に表現している。「日本は空気(ニューマ)が支配する国である。
その時々の空気が支配する。
欧米のように客観的規範が支配するのではない。」と。

現実界の現象は多岐に亘るが、その原理は比較的単純である。
われわれは、その原理を真理という。
日本語には、時制がない。いわば、現実構文・現在構文ばかりの言語である。
そこには理性は存在しない。理性は「あるべき姿」であり、未来構文の内容であって、現実構文・現在構文の内容にはならない。
感情のみが存在する。


閲覧数1307 カテゴリ日記 コメント1 投稿日時2008/05/17 08:42
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