朝日新聞 2013年1月3日付 朝刊 【駐在さんは真のヒーロー】 「お帰りー、風邪ひくなよー」。平塚市北西部、田園地帯が広がる岡崎地区。下校途中の小学生に駐在所の八森武彦警部補(60)が声をかける。子どもたちを笑顔で迎える「町の駐在さん」は、一見温和に見えて、住民の語りぐさの「すご腕」だ。 地域を流れる鈴川沿いの駐在所に赴任したのは7年前。目の前の河川敷には、その10年以上前からホームレスが住み始め、10人ほどが小屋を作って点在するようになっていた。住民の相談を受けた八森さんは、一人一人を訪ね、話を聞き始めた。やがてアパートや就職先の世話を始め、必要なら保証人も引き受けた。 「気は進まんが、駐在さんの顔を立てるしかない」と酪農家の男性(87)は40代の男性を雇った。だが、予想に反して男性は生真面目に働き、後に電気工事会社を興した。ある人は施設に入り、ある人は故郷に戻り、2年後、河川敷で暮らす人はいなくなっていた。 数十年来、隣家の騒音に悩んでいた男性(74)も、八森さんとの出会いが忘れられない。妻子が家を出た後、暴言を吐き、大音響でラジオを流す男性。警察を呼べば収まるが、翌日またやる。行政に相談してもたらい回しで、ストレスで身体を壊す住民もいた。 八森さんの呼びかけで周辺住民や男性の妻子が相談に集まった。みんなで荒れた庭を手入れするなど働きかけを続けると、男性は少しずつ軟化。3年後、家族に迎えられ東京に引っ越した。 「問題の根本から解決しようとするのがすごい」。八森さんの赴任当時、自治会役員だった小林征夫さん(69)は振り返る。だが本人は「生き返らせてもらったには自分の方」と話す。 青森県で6人きょうだいの末っ子に生まれた。中学、高校でいじめにあい、困っている人を助けたくて警察官を志した。地元の県警に4年間務め、「大きな仕事がしたい」と神奈川県警に転職。川崎など6署に配属され、ひき逃げなどの交通捜査に寝食を忘れた。だが、50を過ぎた頃に転機が訪れる。多忙を極め、受理した案件の「処理」に追われている自分に気づいた。そんなとき、駐在所が浮かんだ。地域に腰を据え、住む人の顔を見ながら、本当に大事な課題に向き合おうと決断した。 24時間住み込み、自分の判断でじっくり問題に取り組める反面、対応を間違えばすべて自分に返ってくる。「駐在生活は本当に苦しい。でも、全力を尽くした先に、曇っていた人の顔が明るくなると、『ああ、これがやりたい仕事だった』と心から思うんだ」 それでも行き詰った時は、地域の人々が、進むべき道を示してくれた。ホームレスの問題では、小林さんらが就職口や貸家探しに協力した。騒音問題では、被害を受け続けている隣人たちが「(加害者の)男性が穏やかな老後を送れるように」と、ひざ詰めで話す姿に目を見開かされた。 「地域社会には本来、知恵を出し合い、いさかいを温和な方法で収める力がある。それを引き出すのが我々の任務だと思う」 拝命から43年。再任用期間も終え、3月に退職する。卒業後は自転車の日本一周が夢。普通のおじさんに戻り、全国でおせっかいを焼くつもりだ。 (足立萌子) ○○〈読者投稿〉 警察官にもこんな人がいるんだと思った。警察とは、事件を捜査して犯人をつかまえるものだと思っていました。 「町の駐在さん」の八森武彦警部補が河川敷で暮らしていたホームレスを就職させ、2年後にはホームレスがいなくなったというのを読んで驚きました。地域の住民と力を合わせ色々な人を幸せにするのは、なかなかできることじゃないと思うからです。 私も「町の駐在さん」ではないけれど、自治会の人に「おかえりー」とか、「勉強がんばってる?」と声をかけられ小学校の時、見守られていました。それと同じことだと感じました。 自分が住んでいる地域でもこういう人が暮らしを支えてくれているんだと感じました。普通の幸せは色々な人が関わっているんだなと思いました。 清水帆歌さん 14歳 神奈川県 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |