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2014年03月02日(日) 
 銭さえあれば、私は今すぐにでも土産を買い込んで
 故郷へ帰りたいのでございます。
              第4作『新男はつらいよ』から
 フジテレビで「男はつらいよ」がスタートしたのが1968年の秋、この頃、ベトナム戦争、学生運動がメディアを賑わせていました。揺れ動く価値観のなか、それまで主流だった体制的、保守的なものへの「対抗文化」をカウンターカルチャーと呼んでいました。
 音楽では、新宿西口フォーク・ゲリラや、アメリカの野外コンサートのウッドストック・フェスティバルがカウンターカルチャーの象徴となりました。映画でも、東映の高倉健さんの任侠映画や、日活の渡哲也さんのニューアクションなど、アウトロー映画が主流となっていました。
 深夜の映画館ではサラリーマンや学生たちが、アウトローが理不尽な巨悪を倒すクライマックスに、快哉を呼んでいました。こうしたやくざ映画も、フォークやロックなどの音楽同様、カウンターカルチャーだったのです。
 そんな時代にホームドラマの主人公に似つかわしくないテキ屋の車寅次郎がブラウン管に登場、やがて映画シリーズになりました。
 テレビ版「男はつらいよ」の脚本は山田洋次監督、演出はフジテレビのプロデューサーでディレクターだった小林俊一さんでした。1970年に公開された第4作『新男はつらいよ』はその小林さんがメガホンを取った作品です。テレビ版でも描かれていた「ハワイ騒動」を中心に展開します。テイストは他の作品とは異なりますが、同時にテレビ版のムードを味わうことが出来る一本でもあります。
 今回のことばは、第4作のトップシーンに流れる寅さんの「望郷の念」です。アウトローは故郷を捨て、孤独に生きているのが常ですが、われらが寅さんは「故郷への想い」やまず、つい柴又へ足を向けてしまいます。
 「銭さえあれば」と思っていた寅さんは、競馬で大穴を当てて、大金を抱いて柴又へ戻りますが、その安易さが、結局、毎度おなじみの大騒動の火種となってしまうのです。
 アウトローになりきれない寅さんの奮闘努力ぶりを観るため映画館には、やくざ映画同様、多くの男性観客が押し寄せました。ぼくは、寅さんもまた、60年代末の閉塞した状況が生んだ、カウンターカルチャーだったのだと思います。
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 誤字脱字写し間違いあります。

閲覧数697 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/03/02 11:32
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